子ども新聞のコラムで触れた「がんばりすぎ」は、普段から子どもにも大人にもあるものです。周囲に合わせる、期待に応える、良いことならばやり過ぎて悪いことはないといった思い込みなどきっかけはさまざまですが、自覚、無自覚を問わず、ずっと頑張り続けることは困難ですし限界がきます。心身にダメージを負うこともあり頑張り過ぎは危険です。

 一般的に「頑張る」の反対は「怠ける」だと言われますが、私は「頑張る」の反対は「頑張らない」であろうと思っています。あえて単語にするなら、「頑張る」の反対は「休む」の方が適切でしょう。「頑張る」と「怠ける」を対極として、一つの線上で考えるならば理想は真ん中、「頑張らない」かつ「怠けない」にあると思います。これらはバランスの話で、頑張り過ぎず怠けすぎず、頑張る時もあれば怠ける時もあるとなれば何よりです。

 しかし、現実的には、頑張るのは良いことで怠けるのは悪いこととし、人に対しても自分に対しても頑張り続けることを強要する傾向があります。社会も私たち自身も、励ましている感覚で自他に圧をかけ続けているのです。

 日常をただ生きるというだけでも結構な頑張りが必要で、普段からみんな頑張り側に振れているものです。子どもたちは特に毎日たくさんの圧の中に居ます。帰宅してからもさらに頑張れと圧をかけ続けるのは得策とは思えません。頑張り過ぎを見落とさないようにする方が大事です。

 頑張り過ぎは心身の不調として現れることがありますが、その際にまた頑張りなさいと声をかけてしまいがちです。しかし、調子が悪い時には休むことが必要です。不調が現れた時にはすでに頑張り過ぎなのです。頑張りの許容量は人や場合によって違います。こういう時こそ他と比較せずに対処したいものです。

 「うまくできる」と頑張り具合は関係ない場合があります。頑張っても特定のことができない場合、発達障がいなど特性としてできない可能性があるのです。そうであれば、頑張り続けてもできないという劣等感が積もるばかりですので、できる形に変更するなどの対処が必要ですし、保健室やスクールカウンセラーに早めに相談してみましょう。

 本当は、安全な頑張り方、効率的な怠け方、それらの使い分けを教える方が大事なのだと思います。(浄土真宗本願寺派僧侶・日本思春期学会理事 古川潤哉)

 

 古川さんのコラムは、本日の別刷り「子ども佐賀新聞」11面に掲載しています。 

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