夏井いつきさんの『絶滅寸前季語辞典』をめくっていて、「嘉定喰(かじょうぐい)」という習わしを知った。旧暦の6月16日、神前にお菓子やもちを16個お供えしてから食べると、疫病にかからないと信じられていた。江戸時代に盛んだった行事で、小林一茶にも一句ある。〈子のぶんを母いただくや嘉定喰〉◆昔もいまも、甘いものは人を元気にする。佐賀、長崎、福岡3県にまたがる旧長崎街道が砂糖文化を広めた「シュガーロード」として、文化庁の「日本遺産」に認定される見通しという。新型コロナ禍で地域経済が沈むときだから余計、お菓子の功徳を信じてみたくなる◆鎖国の時代、長崎の出島から江戸へと貴重な砂糖を運んだ街道沿いは、米や小麦、小豆など豊かな農産物にも恵まれ、多彩な菓子文化をはぐくんだ。丸ぼうろのルーツはポルトガルの船乗りの保存食、逸口香やけいらんは中国伝来…歴史も味わいの一つである◆「いま光を当てなければ、こうした文化が消えていく」。「シュガーロード」の提唱者、村岡安廣さん(72)はそんな危機感を語る。嗜好の変化に後継者難、そして急速な景気後退。伝統を守り続けるのは容易ではない◆地域の歩みや風土がたっぷり詰まった菓子文化を見直す契機になるといい。母と子で甘味を奪い合った、いにしえの疫病除(よ)けみたいに忘れ去られぬように。(桑)

下記のボタンを押すと、AIが読み上げる有明抄を聞くことができます。

このエントリーをはてなブックマークに追加