野良猫ノラが3月末から帰ってこない。昭和32(1957)年、作家内田百閒(ひゃっけん)は泣いてばかりいた。6月11日、お探しなのはこんな猫では、と写真が送られてきた。〈余りよく似てゐるので、その猫の表情を見つめてゐる内に涙が出た〉◆仕事が手につかず、夜も眠れない。風呂のふたの上に寝ていた姿を思い出して入浴できない。迷い猫の新聞広告を出し、英語のビラまでまく。親切な情報は寄せられるものの、一向に消息は知れない◆近所で最近、猫たちの集まる姿を見かけなくなって、少しだけ百閒先生の気分を味わっている。外出自粛の間に、みんなどこかへ引っ越したのだろうか。北九州市では離島の猫に毒餌をまいた老人が書類送検されたらしいけど、まさかね◆動物愛護法が今月から改正された。人間同様、虐待などが厳しく罰せられる。繁殖しすぎて世話ができないのも対象という。法改正を見越して「密」にならないよう自分たちで気を回したんだ、きっと◆餌を与えすぎて猫を増やしてしまうのは独り暮らしの、特に高齢者が多いという。さびしくてつい野良猫をかわいがる、栄養をつけた猫は繁殖を繰り返す…。厳罰より、その背後にあるものに目を向けたい。〈猫は人を悲しませる為に人生に割り込んでゐるのかと思ふ〉。百閒先生、猫にそんな気はないと思いますがね。(桑)

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