黒唐津 天目盃(口径8.2センチ 器高4センチ 高台径4センチ 江戸初期)

撮影・村多正俊

 インスタグラムのフィード(ホーム画面)に「絵唐津文様集」の表紙が現れた。投稿主は肥前陶磁について私が師匠と仰ぐ方であった。コロナ禍ゆえ活発化するSNS。それらでは投稿者が影響を受けた本を紹介し、友人にそのアクションを拡げていく「ブックカバーチャレンジ」が盛り上がっているが「絵唐津文様集」はその流れでの掲出だった。

 古唐津を語る上で古館九一さんの存在は大きい。昭和初期、杵島炭鉱の重役を退かれた後、九一さんは古唐津研究と唐津焼復興に心血を注がれた。「絵唐津文様集」は、九一さんが収集した発掘陶片や同家に伝わる古唐津の優品について長男の均一さんが描いた私家本であり、2010年夏に書籍化された。私は同書に強い思い入れがある。九一さんの三女、一力安子さんと親交のあった私は刊行のお手伝いをさせていただいたからだ。制作過程で一力さんから当時の様々な事をお聞きした。窯跡発掘の様子、川喜田半泥子翁ら当代一の数奇者たちとの交流…。古唐津に魅ひかれた先人の営みと同じ線上の末席に連なると自負する私はいたく感じ入ったのである。

 一力さんが鬼籍に入られて2年が経たつ。「本の出版が叶かない、兄貴から命じられた役目を果たしたわ」。刊行後の打ち上げで楽しげに語っていたのが昨日の事のようだ。

 一力さんにお会いする時、私は必ず古唐津を携えていった。「いい絵ね、その絵唐津のかけらは」、「このお皿はどんな陶工が作っていたのかしら」と話は弾んだ。中でもこの黒唐津の盃は気に入ってくださった。天目茶碗をまま小さくしたような形。金直しだらけでありながら伝世で糸切り高台は長年の使用で摩耗している。「かわいいわ」とそれを手のひらで包み、何度も撫でておられた。銘をお願いすると「かわいい、といえば孫よ。この盃の銘は孫、でよろしいかしら?」。時節は確か、梅雨入り前の、カラっと晴れた暑い日だった。

 その黒唐津で昼酒を汲みながら「絵唐津文様集」を捲っている。東京も数日で梅雨入りらしい。今日もかの日と同じく、晴れわたっている。


むらた・まさとし 1966年、東京都町田市生まれ。ポニーキャニオン・エリアアライアンス部長として映像や音楽を活用した各地の地域活性化事業をプロデュース。古唐津、佐賀の風土に魅せられ、WEB、雑誌、新聞等を通じてその魅力を発信している。古唐津研究交流会所属。世田谷区在住。

 

解説

 先月、「土灰釉を施釉した無地唐津が古唐津では最も多く生産されている」と記しました。今回の黒唐津が、おそらく土灰釉無地唐津の、その次に多く焼かれたものだと思います。当時稼働していた窯のほぼ全てで生産されていた、といっても過言ではないでしょう。

 黒唐津、とは鉄分の多い釉薬を施釉した唐津焼を言います。古唐津の器体は山から切り出した砂岩を砕き、それを水簸(すいひ)して等々のプロセスを経て陶土になります。その陶土の原料となる砂岩には「鬼板」と言われる鉄分(見た目は茶色)が含まれており、この鬼板を摂り出し、土灰等を加えて作った釉薬が黒唐津となる「鉄釉」と言われるものです。この鉄釉を用いた黒唐津は桃山時代から江戸前期にいたるまで多くの窯で小皿、小盃、飯碗、片口、壺といった日常雑器から茶入などの茶道具をも生産していました。

平戸系 柳の元窯 筒茶碗陶片

 この黒唐津も以前に斑唐津や無地唐津の稿で記してきたように、釉薬の調合具合(鉄分と土灰の比率等)や窯での焼成具合(酸化や還元といった焼成具合)で出来上がりは茶色っぽくなったり、黒々としたものになったり、様々にその表情を変えます。

 さて今月の盃です。古唐津を生産した窯ではこの形~天目形(てんもくなり)と言われる器形の碗が多く生産されました。

武雄系 祥古谷窯 天目小碗
同小碗 高台

 

 天目というと「窯変天目」などが一時話題になりましたが、この盃はまさにその天目茶碗の形をデフォルメしたような形をしています。また盃となるとそう多くみられるものではありません。筆者は今までに数度、武雄系錆谷窯、同系百閒窯の発掘モノで、これよりも小さいものを見たことがあります。いずれにせよ、とてもかわいらしいもの。黒々とした見込みは酒映えが良く、器体が厚く口辺が端反っているために指にほどよくかかり、呑兵衛さんでも落として割ってしまう、なんてことが無い仕様になっています。高台は糸切り高台。伝世品ゆえ経年使用による摩耗が良い佇まいを呈しています。

黒唐津天目盃
同盃 見込

 

 この盃を生産した窯は?となりますが、筆者はほぼ同型の陶片を有しているがゆえ武雄系川古窯の谷下窯ではないかと思っています…ただし、その陶片がこの原稿を書いている今、筆者の不精によりどこかに紛れて見つからず仕舞いで…追ってご報告したいところです。「大杉」で有名な川古にあるこの窯には数度訪れていますが、散在する陶片から察するにほぼ日常雑器を生産していた窯であったようです。

 本稿では古館九一さん、均一さん、そして一力安子さんに触れています。私にとってかの方々は歴史上の人物に等しい存在で、特に安子さんとは10年以上にわたり親睦を深めることができたことは人生の大きな糧となっています。「絵唐津文様集」の書籍化は本当に印象深い出来事でした。

絵唐津文様集

 唐津の名宿、洋々閣のホームページに古唐津研究、唐津焼復興にける古館九一家の事績がまとめられています。ぜひ、ご一読なさってみてください。

 http://www.yoyokaku.com/hurutachikuichi.htm
 http://www.yoyokaku.com/sub7-29.htm

(テキスト・写真:村多正俊)
 

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