「石が泣く」―石工の世界には、そんな言葉がある。山から切り出した大きな石が、夜なかの温度変化で急速に冷やされ、かすかな音を立てることらしい。作家小関智弘さんの『職人ことばの「技と粋」』に教わった◆旋盤工でもあった小関さん自身、「鉄が泣く」のを聞いたことがあるという。機械部品をドライアイスの詰まった段ボールに入れて急冷する作業中、箱に耳を当てると、「チーン」と小さな泣き声がした。まるで生きもののように、環境の変化に敏感である◆石や鉄ほどに強くない人の心は、新型コロナ禍に悲鳴を上げている。感染の恐怖、終息が見えない不安…ネットで調べるほど、余計心配になる。わだかまりを抱えて横になれば悪い夢ばかり見る。そんな心の変調を訴える人が増えている◆他人をゆるせない「自粛警察」も、相手を自殺にまで追い込むSNSの中傷も、海の向こうの暴動も、うっ積した心のはけ口を求めているようで、人間の弱さはどこか奥底でつながっている◆小関さんは書いている。冬の寒いとき、職人たちは自分たちの体を温めるように、道具を両手や腹の中で温める。硬い鉄の刃も、そうしないと簡単にこぼれてしまう。やわらかな人の心をあやすのも、職人文化に似ている。〈石などに似て来しわれと思はねど石も呻(うめ)くと聞けば歎(なげ)かゆ 大西民子〉(桑)

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