自宅の敷地内に空襲の石碑を建てた平石強さん=佐賀市水ケ江

 太平洋戦争末期の1945年8月5日深夜から翌6日未明に佐賀空襲があった。

 空襲を体験した佐賀市水ケ江の平石強さん(90)は、自宅敷地内に「B29空爆焦土」などと刻んだ高さ約1・2メートル、幅20センチの石碑を4年前に建てた。

 空襲の時、平石さんは旧制中学で14歳だったが、小児まひで、足が不自由だった。祖母と母と妹の4人住まいで、家は炎に包まれ、何が何だか分からず玄関まではって行った。母は焼夷(しょうい)弾で足にやけどを負いながらも、平石さんをおんぶして、近くの橋まで逃れた。母のおかげで、助かったという思いから碑には「かあちゃん たすけて」の文も刻んだ。

 平石さんは「当時のことを思い出すと、涙が出て、恐怖心が先立ち、この恐ろしさを風化したらいけないと、形にして残そうと思い碑を建てました」と話す。75年もたつが、平石さんの話を通して、戦争の恐ろしさを改めて考えさせられた。(地域リポーター・上原和恵=佐賀市)

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