歌謡曲の歴史を変えた出来事がある。昭和33(1958)年、ビジネス特急「こだま」の登場で、東京―大阪間は日帰りが可能になった。この新型車両は密閉型で窓が開かない。窓から身を乗り出して別れを惜しむことも、走り始めた汽車に飛び乗ることも、プラットホームの光景は歌にできなくなった◆そんな嘆きを、作詞家の阿久悠さんが『歌謡曲春夏秋冬』に書いていた。〈「汽車」はいよいよ死語になる。列車は大量輸送の高速交通機関というだけのことになる。そうなると、今の新幹線もそうだが、人の生活と無縁のところを、ロケットのように走る〉◆叙情の世界から遠のいた鉄路は、厳しい合理化のふるいにかけられる。JR九州が利用客の低迷する、唐津や伊万里などの赤字ローカル線を公表した。これまでも大幅な減便や駅の無人化など進めてきた経営姿勢からは、失礼ながら「地域の足」を守る熱意が伝わってこない。どうすれば利用が増えるか、住民は難しい宿題を課せられている◆新型コロナ禍で遠出が難しいいま、注目を集めるのが「マイクロツーリズム」。自宅から1時間程度の範囲を観光してみる。遠方や海外にばかり目が向いていた「旅」を地元に向け、地域の魅力を再発見するという◆そのときはぜひ、ローカル線で。そこにはまだ、昔のはやり歌の情感がある。(桑)

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