長寿シリーズだった映画「男はつらいよ」は毎回、出演者もスタッフも変わらないのに、撮影初日は何となくぎこちなく、撮り直しも多かった◆何年も同じ顔ぶれでも、撮影が終われば次の撮影まで半年なり1年なり、それぞれの生活に戻っていく。その間に病気やけがをすることもある。しわや白髪も増えていく。同じ役を演じようとしても、前回の自分とは違っているからだという◆寅さんの妹役だった倍賞千恵子さんはいつも、前回の撮影で使った衣装を必ず一つ身に着けて初日に臨んだ。前かけやスカート、時には靴下まで。〈そうすると、早くさくらさんになれるような気がしたからです〉(『倍賞千恵子の現場』)◆カレンダーの上では、きょうから「衣替え」。タンスから夏服をひっぱり出して、「わ、まだ着られるわ」「ああ、もう無理」と、この1年で自分が変わったか、変わらなかったか、振り返る節目だろうか◆気がつけば、梅雨めく空をツバメがツィーっと低くよぎっていく。「夏になったら鳴きながら、必ず帰ってくるあの燕(つばくろ)さえも、何かを境にばったり姿を見せなくなることもあるんだぜ」と映画の寅さんは言うが、候鳥たちは普段通り、田植えの時季の訪れを告げている。いつもの夏服に袖を通したら、日常に早く戻れる…鬱々(うつうつ)とした日々のせいで、そんな夢をみる。(桑)

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