76歳で亡くなった水町基門(昌庵)の墓=有田町大木宿の龍泉寺

 4月7日から始まった新型コロナウィルス感染症の緊急事態宣言が、5月25日に全面解除された。時代をさかのぼると、江戸後期の弘化3(1846)年には、鍋島藩領内で天然痘が大流行している。

 嘉永2(1849)年7月に鍋島藩の藩医の楢林宗建が、オランダから輸入した種痘をわが子に接種し、成功した。それで時の鍋島10代藩主直正公は、同年8月、城内にて当時4歳だった子、淳一郎(直大)や弟皆次郎に接種を行った。11月に直正公は、江戸屋敷で長女貢姫に種痘を施した。その時、藩医・伊東玄朴に立ち会ったのが水町昌庵だった。

 それから水町は鍋島本藩直轄領だった大山村大木宿(有田郷)に赴任を命じられ、当地で診療所を開いた。不幸にも地区内の良民16人が天然痘にかかり亡くなった。その後、大木宿では、毎年9月23日に地区民総出で16人を慰霊する彼岸浮立を奉納している。(地域リポーター・藤泰治=有田町)

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