例のマスクが届いたのは、このあいだの日曜の午後。郵便配達のバイクの音が、お隣へ、またそのお隣へと小刻みに進んでは止まる。あまり喜ばれない政府からの贈り物を、休日にまで一軒一軒届ける手間は、気の毒にも思える◆近ごろは高齢者もネット通販に親しんでいる。新型コロナ対策で外出を控えていても、つつがなく世の中は回っていて、「こんな暮らしも悪くない」とのんきなことを考える。ものを作ったり育てたり、運んだり並べたり…どれだけの手に日常が支えられているか、なかなか思いは至らない◆ドラマ「北の国から」の脚本家倉本聰さんが北海道に移り住んで間もないころ、近所からカボチャをもらった。「こんなうまいのは久しぶり」と生産者に電話すると、「そんなことを言われたのは何年ぶりだろう」と農家のおじさんは涙声で、ありがとうありがとうと繰り返した◆便利さになれて恩恵を忘れてしまう時代に、倉本さんは「恩返し」ではなく「恩送り」を、と訴える。誰かから受けた恩をまた別の人に送る。それが生命を継続していくルールなのだ、と◆ウイルス禍は雇用まで脅かしている。こんなとき、しわ寄せを受けるのも非正規労働者の多い、日常を支える「現場」である。そんな社会の屋台骨を守るため知恵を絞るのも、未来への「恩送り」かもしれない。(桑)

下記のボタンを押すと、AIが読み上げる有明抄を聞くことができます。

このエントリーをはてなブックマークに追加