26歳で早世した石川啄木に、入院生活を詠んだ歌がある。〈脉(みゃく)をとる看護婦の手のあたたかき日ありつめたく堅き日もあり〉◆病気の処置を「手当」とはよく言ったもので、不安や失意の中にいる患者にとって、触れられることは特別な意味を持つ。医療スタッフはただ冷静に業務をこなしているだけなのに、その手にやさしさや冷淡さを自分本位に読み取ってしまう◆啄木のノートには推敲の跡が残っている。もとの歌は〈いつもいつもつめたき手よと脉をとる看護婦の手を今朝も見つめし〉だったという。いつも「冷たい」と感じていた手を、「温かい」と思える日がくる。病苦にあえぐ歌人の心を揺らしたのは、医療のもつ力だったろうか◆36人が犠牲になった京都アニメーションの放火殺人事件で、重いやけどを負っていた容疑者がきのう逮捕された。高度な救命医療とリハビリによってながらえた命の意味は、愛する人がなぜ死ななければならなかったのか、遺族からの問いに正面から向き合い、答えること以外にない◆〈何となく自分をえらい人のやうに思ひてゐたりき。子供なりしかな〉。啄木は病院のベッドで、うぬぼれていた自身の心ばえの変化を詠んでいる。いくつもの手に支えられた容疑者に、人の心のぬくもりが伝わったなら、この10カ月は無駄ではなかったと思いたい。(桑)

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