発展が続く鳥栖市弥生が丘地区。県道久留米基山筑紫野線の周囲には、商業施設や物流センター、住宅などが密集している(高度約150メートルからドローンで空撮)

 

 鳥栖プレミアム・アウトレットや大手企業の物流センターなどが進出し、住宅が整然と立ち並ぶ鳥栖市弥生が丘。かつて緑に覆われていた地は、1980年代からの鳥栖北部丘陵新都市開発で生まれ変わった。
 高速道が交差する鳥栖ジャンクションに近く、国道3号やJR鹿児島線、県道久留米基山筑紫野線(旧鳥栖筑紫野有料道路)などが使える交通の要衝は、その利便性から瞬く間に変化を遂げた。JR弥生が丘駅が誕生。2008年に開校した弥生が丘小の児童数は800人を超え、県内有数のマンモス校になっている。
 隣接する柚比町を含め、弥生時代から古墳時代までの遺跡が密集していることから「弥生が丘」と名付けられた。ニュータウン誕生直後の2000年に約800人だった人口は、いまや7000人を超えている。
 サッカー・J1サガン鳥栖の選手たちが練習場として利用する鳥栖市北部グラウンドもあり、街の活気は衰えることを知らない。

 

開発が本格化する前の鳥栖市弥生が丘周辺。田畑や木々に覆われ、住宅もそれほど多くなかった(高度1000メートル、1982年撮影)

 

満開の桜の下、巫女舞を披露するキッズミュージカルTOSUのメンバー=2019年3月、鳥栖市の田代公園

1998(平成10)年
 鳥栖北部丘陵新都市の住宅団地を「弥生が丘団地」と命名
2001(平成13)年
 弥生が丘の街びらき式典が執り行われる
2004(平成16)年
 鳥栖プレミアム・アウトレットがオープン
2006(平成18)年
 九州シンクロトロン光研究センターが開所

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 移ろいゆく時とともに、街も表情を変えていく-。小型無人機「ドローン」を使い、令和になった新しい時代の佐賀の街並みと、ひと昔前の風景とを並べ、街の息吹を伝えます。

 
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