夏の甲子園が中止となったことを部員たちに伝える唐津工の副島浩史監督=唐津市の同校

 佐賀県勢は、1994年の佐賀商と2007年の佐賀北が夏の甲子園で頂点に立った。全国制覇を経験したメンバーも、夢を絶たれた球児の悔しさに思いを重ねた。

峯さん「必ず出口はあるはず」

 峯謙介さん(42)は94年、佐賀商の2年生エースとして決勝までの6試合を一人で投げ抜いた。「甲子園は自分を表現できる場所だった」と振り返る。全国制覇は一生忘れられないが、翌年、同級生の仲間と再び甲子園を目指した日々も心に残るという。

 大会中止について「すぐに気持ちを切り替えることはできないと思う。でもステージは違えど、さまざまな場所で野球はできる。必ず出口はあるはず」と言葉を選んだ。

副島さん「目指したことに意味」

 07年の決勝で劇的な逆転満塁本塁打を放ち、佐賀北を頂点に導いた副島浩史さん(30)。優勝を経験したことで大学でもプレーし、その後の指導者への道にもつながった。「甲子園が野球を続けさせてくれた」

 現在は監督として唐津工を率いる。「甲子園を目指したことに意味がある」と力を込めるが、今年はその挑戦すらかなわず、「これほどむなしいことはない」と肩を落とした。

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