「人間は四百四病の入物(いれもの)」という。人はいろんな病気をするものだ、と仏教の教えにあるそうだが、わが身に降りかからないと、つい忘れがちである◆〈「オロオロ」という音が口からこぼれるほどオロオロした〉。新型コロナから回復した脚本家の宮藤官九郎さんが「週刊文春」の連載コラムに書いていた。「陽性です」と検査結果を告げられ、ひどく落ち込んだという。世の中が「感染してはならない」という空気のなかで、「感染してしまった」患者の胸中は気の毒なほどである◆休業要請や外出自粛に応じなければ「自粛警察」に責められ、感染すれば「不謹慎狩り」でネット上に個人情報をさらされる。県内でも感染者の家に石が投げられたという。社会にまん延するこのいらだちは一体何なのだろう◆「社会的距離」を意識すればするほど、他人のことが気になる。隣にいる人も、前うしろの人も感染者に見えて仕方ない。「感染してはならない」という正義ばかりが幅を利かせれば、日常は不信と不安に覆われる◆読者文芸欄の一首を思い出す。〈咳をしたばかりにハリツケにされる冗談じゃないじょうだんじゃないよ 佐賀市・平原忠義さん〉。感染防止に懸命すぎて、社会が犠牲にしているものの大きさを思う。安心して病気になれることも、かけがえのない豊かさかもしれない。(桑)

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