吉野ケ里の集落は、弥生時代の後期後半(3世紀)に最も栄えました。この時期の外環壕と呼ばれる巨大な空堀は、南北1キロ以上、東西最大0・5キロ、内面積約40ヘクタールという日本最大級の規模です。