復元された外環壕

 吉野ケ里の集落は、弥生時代の後期後半(3世紀)に最も栄えました。この時期の外環壕と呼ばれる巨大な空堀は、南北1キロ以上、東西最大0・5キロ、内面積約40ヘクタールという日本最大級の規模です。吉野ケ里歴史公園では、その外環壕の約1キロが再現されていますが、深さが3メートル以上もあり、V字型に掘られていて、とても危険です。

 復元された壕には基本的に入る事ができませんが、北内郭と南内郭の間に唯一、入れる場所があります。そこを歩いてみると、本当に弥生人がこんなのを作ったのか、と思ってしまいます。壕の底から土を排出するだけでも大仕事ですが、それを数キロも掘るとなると尋常な仕事ではなかったはず。それをやってのけた弥生人の力は「すごい」の一言です。

 しかし、これだけの壕を必要とした社会を考えた時、ある種の緊張感を考えずにはいられません。周囲に強力な敵という存在があり、その侵入を防ぐという意味がなければこんな工事はしなかったのではないでしょうか。

 この環壕からは、穏やかな生活は想像ができません。吉野ケ里の弥生時代は動乱の時代だったのでしょう。(吉野ケ里ガイド)

このエントリーをはてなブックマークに追加