近ごろのお母さんたちは、果物に関する知識が足りない。植物学者の牧野富太郎は戦後残したエッセーでそう嘆いている。例えばイチゴは、実は「茎の末端」だとか◆バナナも「皮」を食べているのだという。〈バナナには身と云(い)う部分が殆(ほと)んどなく、其(そ)の全部が皮、即ち果皮で出来ている〉。黄色い外側の皮も、甘くて柔らかい中身も、植物学的には同じ皮の仲間ということらしい◆これが書かれた当時、日本は敗戦で海外の領地を失い、それまで台湾などから豊富に流通していたバナナは手に入らなくなっていた。〈今日の幼い子供などは、バナナを知らぬものが多かろう〉。博士に筆を執らせたのは、そんな切なさだったかもしれない◆新型コロナは歴史の針を巻き戻しそうな気配である。輸入バナナの8割を占める産地フィリピンでは首都マニラの都市封鎖が長引き、収穫や包装作業ができない状態という。もう一つの主要産地、南米エクアドルも欧州の輸入規制のあおりで出荷自粛に追い込まれている◆世界の食料供給は、移動制限で物流が寸断され、輸出に回さず自国を優先する動きもある。グローバル化によって華やかに彩られた食卓は案外もろいことに気づく。母親に限らず、あなた方は果物どころか食料がどうあるべきか知識が足りない…牧野博士の深い嘆息が聞こえそうである。(桑)

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