「心の中に未来にふさわしい像を描け」。哲人ニーチェのそんな言葉に心動かされた井上ひさしさんは高校時代、「人生時刻表」をこしらえた。〈昭和二十八年四月、東京大学文学部に入学〉に始まり、習作のつもりで書いた脚本が映画化され大評判。イタリア留学を経て自ら映画監督となり、あこがれの女優若尾文子さんと結婚…◆のはずが、進路指導の先生から「天をもおそれぬ高望み」としかられ、志望校の変更とともに「時刻表」も破り捨てるはめに。のちに多彩な才能を開花させる作家でさえ、未来を見通すのはむずかしい。令和への改元からあすで1年。10連休のあのころ、世の中は浮かれていたなぁ◆福岡県八女市では、毎年多くの見物客でにぎわう「黒木の大藤」が新型コロナの感染防止のため、刈り取られたという。人々が花の下に集い宴を楽しむ…元号の由来となった万葉の情景を重ね合わせることも、ままならない◆この1年を思い返せば、異常気象に豪雨災害と胸ふさぐことばかり。いいこともきっと、いっぱいあったはずなのに、すっかり忘れてしまっている。えーい、何もなかった日も「いい日」に四捨五入してしまえば、案外悪くない毎日だった…と思いたい◆いまは働き方、暮らし方、社会のあり方を見つめ直す時期。さあ「心の中に未来にふさわしい像を描け」。(桑)

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