出勤してぷしゅ。帰りにぷしゅ。スーパーの入り口でぷしゅ。買い物を終えてまたぷしゅ。出かける先々でぷしゅ、ぷしゅ。これでもか、というくらい消毒液を浴び続けたせいか、手荒れで指先がちくんと痛む◆以前なら気にも留めなかったことが気になって困る。すれ違った人、隣合わせで腰掛けた人、いすやテーブルのふち、無造作に転がったペンを手に取ることも。ぷしゅ、ぷしゅとウイルスを狙った引き金は、いつの間にか他人に向いている◆きれいを求めすぎて、新たな苦難にあえぐ手のひらをじっと見つめる。「たなごころ」とはよく言ったもので、ささくれた心の中をのぞいているような気持ちになる。石けんで大事に洗えば、機嫌を直してくれるだろうか◆生命誌研究者の中村桂子さんが書いていた。最先端の科学でも防げないウイルスが〈幼子にもできる手洗いによって自分の体は自分で守ることができ、しかもそれは周囲の人、さらに同世帯の人を守ることにもなる〉。それがこの危機に、生きていくことに、等しく向き合うことなのだ、と◆台所でカミさんもじっと手を見つめている。亭主が家にいることが増え、3度の食事を作る手も心も荒れる。…さぁ、手を洗って手伝い、手伝い。〈たくましき やさしき ぬくき こもごもの手がそれぞれの願いもちたる〉岩間正男。(桑)

下記のボタンを押すと、AIが読み上げる有明抄を聞くことができます。

このエントリーをはてなブックマークに追加