日本初の歌う女優松井須磨子、千円札の野口英世、美人画の竹久夢二、「雨ニモ負ケズ」の宮沢賢治、歌人斎藤茂吉。ほぼ接点のない歴史上の人物も実は深いつながりがある。100年前、世界で大流行したスペイン風邪に痛手を受けた人たちである(立川昭二『病いの人間史』)◆大正7(1918)年11月、松井は自身から感染した恋人の劇作家島村抱月を失った。米国で研究生活を送る英世に福島なまりの拙い字で手紙を送った母シカが亡くなったのはその5日後。同じころ夢二の愛息も高熱を出す◆年の瀬には賢治が妹の看病のため岩手から上京した。年明けの1月、現在の長崎大医学部教授だった茂吉が発症し、血痰に悩まされる…。当時日本人の2・5人に1人が感染したというから、悲劇は身近にあったろう。唐津出身の建築家辰野金吾も命を落としている◆現代のウイルス禍でも、テレビで人気のあの人この人に感染が広がっていく。志村けんさんに続き、岡江久美子さんが亡くなった。オウム真理教事件の反省から生まれた朝の生活情報番組は17年半続いた。胸ふさぐ事件や芸能人のゴシップ一色のテレビに飽いた視聴者が求めた「顔」だった◆県内でも感染拡大が深刻化し、コロナで覆われたテレビをつい消したくなる。こんなとき「はなまる」があったらな、と思う朝がある。(桑)

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