福沢諭吉は若いころ、大阪で蘭学を学んだ。中津藩に「蘭学を修行したい」と願書を出したところ、知り合いが「先例がない。これではまずい」と耳打ちしてくれた。「ではどうすれば?」「砲術修行と書けばいい」。ペリー来航をきっかけに、日本が軍事の西洋化を急いでいた時代。結局、医者のもとに鉄砲を習いに行く、という不可思議な願書が許された(『福翁自伝』)◆いずれ劣らぬ「国難」のときである。「ウイルスとの闘い」と書けば何でも通用しそうな世の空気だが、緊急経済対策をめぐる安倍政権のもたつきを見ていると、大書された「緊急事態宣言」も言葉通りの危機感があるのか疑いたくなる◆国民に自粛を呼びかけながら、休業補償はどこか自治体任せ。現金給付も世論の風向きでがらりと方針が変わる。迅速で公正なセーフティーネットがなければ、安心して「ステイ・ホーム」はできない◆福翁が遊学した大阪は商人の町。「金は天下の回りもの」というが、浪速商人の解釈は、お金は常に世の中をすごい勢いで駆けめぐっている、だから絶対に目を離すな―。商いのタイミングを逃したらアカン、と◆ウイルス禍で日々の生活に困る家計や資金繰りに窮する企業に、一刻も早く必要なお金を駆けめぐらせることができるか。10枚のお札の福翁も厳しい顔で見つめている。(桑)

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