リニューアルされた立柱

 紀元前2世紀に造られた歴代の王、または首長の墓と考えられている北墳丘墓と、3世紀に建てられた北内郭の主祭殿とを結ぶ線の上に直径50センチ、高さ10メートルの柱が立っています。これを「立柱」と呼んでいます。実はこの立柱、今年の2月に新しく立てられたもので、以前のものは1999年に立てられていましたが、長い年月の間に老朽化が進んでしまい、今回リニューアルされたのです。

 弥生時代の後半には、北墳丘墓は祖先の霊を祭る祭壇として、立柱は祖先の霊が宿る柱として、信仰の中心になっていたと考えられています。

 古事記には、日本が造られる時にイザナギノミコトとイザナミノミコトがオノゴロ島に天(あめ)の御柱(みはしら)を立て、八尋殿(やひろどの)を造り、神々と日本の島々を生んでいかれる話があります。天を指すような立柱と巨大な主祭殿を見ていると、その神話の情景が思い浮かぶようです。

 また、北墳丘墓から立柱、主祭殿をつないだ線をそのまま南へ延長して行くと、有明海を突き抜けて約60キロ離れた活火山の雲仙へとつながります。これも計算された配置のようです。なんともスケールの大きな話です。(吉野ケ里ガイド 福田幸夫)

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