脚本家の向田邦子さんがモロッコを旅した時のこと。ホテルに食事が用意されておらず、日本人ツアー客は添乗員を責めるような険悪な空気になった。そんな中、後から到着した米国人一行は何もない食卓に座って歌をうたい始めた。「あれは何の歌?」と向田さんが添乗員に尋ねると、言いにくそうに答えた。「添乗員をたたえる歌です…」◆どんな苦境にあっても、相手への敬意を忘れない。そんな米国の美風を40年も前の思い出は伝えている。新型コロナ対応をめぐり、世界保健機関(WHO)に金は出さないと責任を転嫁する大統領を見る限り、時代は変わったものである◆非常時ほど他者に思いを寄せることが大事という。こんな調査がある。豪雨災害で住民に避難を促すにはどう呼びかけるべきか。「あなたが避難すれば人の命を救う」「あなたが避難しなければ人の命を危険にさらす」―自分だけでなく他者のためにもなるメッセージが効果的だった◆ウイルスの感染拡大を防ぐにも、こうした「他者のために」という行動が役立つらしい。日々の不自由さや息苦しさ、厳しさに折り合いがつけられるかもしれない◆互いが信じられず、人と人との距離が広がる今、他者を思うことの意味をかみしめたい。もし旅先で食事にありつけなかったら、一番怒りだしそうなわが身を顧みつつ。(桑)

下記のボタンを押すと、AIが読み上げる有明抄を聞くことができます。

このエントリーをはてなブックマークに追加