無地唐津平盃(口径10.5センチ 器高3.8センチ 高台径4センチ 江戸初期)

撮影・吉井裕志

 桜が咲くと決まってすることがある。酒器の入れ替え、である。

 徳利は箱にしまい込み、代わってガラスの徳利や片口を取り出す。盃も例外ではない。棚の収納位置を手前に平盃、奥に筒やら碗なりの盃を、といった具合に。いわば「酒器の衣替え」である。

 春から夏に向けての季節、茶道の平茶碗よろしく左党として酒に相対したい。私は香り高い佐賀の酒が大好きだ。存分にそれを愉しむには口径が広い盃でなければならない。平盃であればそれを担える。手で遊べば見込みを酒が行き来し、その様は瀬音軽やかな玉島川を想起させ、そんなこんなに興じつつ酒を口に含めば楽しい愉しい。私の心はポウっと豊かになる。

中心からズレ過ぎて露天掘りの鉱山みたいな表情を見せる高台

 さて平盃と宣ってはいるがもとは雑器の小皿、言わば「見立ての盃」である。1991年刊行の「別冊太陽 古唐津」。そこに「平盃のすすめ」と題したコラムが載っている。希少品である古唐津の盃に替わるものとして、小皿を盃に見立てることの自由さや楽しさが綴ってある。いったい何度読み返したことだろう…。このコラムは高嶺の花であった古唐津酒器の敷居をグッと、低くしてくれたのだ。

 「古唐津でお酒を呑んでみたい」…募る思いが叶ったのはそれから1年後の夏、手元に来たのは武雄系無地唐津だった。口径は10.5センチ、浅くひしゃげたそれは酒を注ぐにも呑むにも使いづらかったが、どうにも嬉しくて、これでとことん呑んだ。酒を、というよりも平盃を使いたい、その一心だったことを覚えている。

 それ以来、さまざまな盃との出会いと別れを重ね、ここ数年この盃に向き合っている。見込みの目跡は400年をこえる酷使で凄まじいまでの古色がつき、小深い酒溜まりの良さや粗粗しい高台が気に入っている。

 暖冬は3月半ばに桜の開花をもたらした。週末の夕刻に私はこの平盃を取り出し、佐賀の酒を注ぐ。心昂る時節の到来を謳歌したいところだが、今次のコロナ禍でままならない。遥か佐賀の地を想い、脳内トリップ。それをせめてもの慰みに独酌をはじめるのである。


むらた・まさとし 1966年、東京都町田市生まれ。ポニーキャニオン・エリアアライアンス部長として映像や音楽を活用した各地の地域活性化事業をプロデュース。古唐津、佐賀の風土に魅せられ、WEB、雑誌、新聞等を通じてその魅力を発信している。古唐津研究交流会所属。世田谷区在住。

 

解説

 安土桃山時代から江戸時代初期にかけて佐賀県、長崎県の各地(唐津市、伊万里市、多久市、武雄市、嬉野市、有田町、波佐見町、佐世保市、諫早市)で焼かれていた古唐津。お茶道具をはじめ皿や飯碗などの日常雑器に至るまで様々なものが焼かれていました。中でも飛び抜けて多く生産されたのが小皿でした。口径が12センチ弱の、いわゆる四寸皿がその大半を占め、当時から伝世(当時から使用され続け、今に伝わるもの)しているもの、また発掘されたものと生産数が膨大であるために、高価で知られる古唐津でも比較的安価で見つけることが可能です。

 一方、あくまでも皿として作られているがゆえ、これで「酒を呑む」となるとそうそう用に向くものではありません。皿ですから液体を湛えるには浅く、容量はどうしても少なくなります。呑み口もなく、片手で持つには手持ちが悪い等々…。ただし、陶工たちが無心に轆轤をひき、釉薬をかけ、焼成した大量生産ものですからイレギュラーも多数あるわけです。口径が小さかったり、見込みが小深く酒を満たすにじゅうぶんなものがあったり。はたまた焼成時のトラブルでひしゃげてしまい口辺に呑み口ができ、盃に適したものがあったり…それらを古唐津好き達はめざとく見つけ出してきました(このアクションも骨董好きはたまらなく楽しいもの)。ようやく見出したものを盃に見立て、愛でているのです。本稿の平盃もそういったものの一つです。

 この平盃は400年以上も前に作られて、以来ずっと使用されてきた伝世品。おそらく台所で使用されたのでしょう。見込みに残るぞんざいな4つの砂目跡は数百年の酷使により、興味がない人が見れば汚れにしか見えない古色がついています。摩滅しながらも、うかがい知れる細やかな土味から、現在の有田町から佐世保市あたりに点在する窯で作られた、いわゆる平戸系のもののようです(このあたりで生産された無地唐津小皿の大半は溝縁皿ですが、本稿で扱うものは丸縁皿)。

葭ノ本古窯発掘 無地唐津 溝縁小皿
溝縁小皿 口辺部位

 この平盃の面白いところはなんといっても高台でしょう。古唐津のお約束の一つ、三日月高台を持ちながら、あまりに高台中心からズレ過ぎて露天掘りの鉱山みたいな表情を呈しています。おまけにしっかりとした竹の節高台(高台が竹の節状になったもの。高台の内を削り、外を削るうちにけ削り器具の一部が当たってできた形状が竹の節に似ているためそう呼ばれる)になっていたり、思わず笑ってしまうような、見どころがそこかしこにあります。

本稿掲載 平盃高台
本稿掲載 見込み

 小皿は大量生産ものゆえ、クリエイティヴ・コントロールは必要最小限に留められていたのでしょう。用を成していれば良い、ということで、ここまで中心がずれていても商品として出荷され、今に形を留めている…こんなことから当時の窯場でのやりとりを想像したりするのも古唐津好きからするととても楽しいものです。

(テキスト・写真:村多正俊)
 

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