風化して読みづらくなっている碑文を前に、災害を記録する石碑とその意味を伝承していく必要性を説く本山和文さん=小城市三日月町(撮影・志垣直哉)

 佐賀県内で起きた大規模災害の犠牲者や被害の規模を刻んだ石碑などを、県防災士会の本山和文さん(62)=多久市=が調査している。「災害歴史遺産」と名付け、これまで江戸時代から現代までの約130カ所を確認し、一部を紹介する冊子も制作した。熊本地震から4年。「先人が遺のこした災害の教訓を受け継ぎたい」と、遺産の伝承を通じた防災意識の向上を目指している。

 県職員だった本山さんは2011年の東日本大震災で宮城県気仙沼市の被災地に派遣された。そこで、かつての昭和三陸大津波や明治三陸大津波を伝える石碑が各地に残っていることを知った。「災害や先人が後世の住民に伝えるべき内容が記された碑文の重要性を痛感した」。防災の取り組みの一環で県内にある災害の遺構の調査に着手した。

 各地の図書館の郷土資料を読みあさり、現地を訪ねて回った。佐賀市鍋島町の蛎久地区の嘉瀬川沿いには、1953(昭和28)年の水害で水防活動中に亡くなった区長の石丸久光氏の慰霊碑があり、豪雨の激しさや決壊した堤防の上で最後まで警戒に当たった状況が碑文に刻まれていた。

 周辺の同市大和町の平田地区では、40年代に相次いだ台風水害の石碑があり「後の人よ天災は忘れた頃に来るの言を心に秘め―」と記されている。鳥栖市原町の菅原神社では、2005年の福岡県西方沖地震で倒壊した鳥居が保存され、記念碑となり、地震の恐ろしさを伝えている。

 災害歴史遺産は江戸時代後期の「シーボルト台風」などまでさかのぼることができ、高潮や豪雪の災害関係も確認した。15年に77遺産をまとめて冊子を作り、特徴を説明して災害別、市町別などに分類している。

 遺産が地域住民に知られていなかったり、碑文が風化して読み取れなくなったりしており、保存や活用の在り方が課題となっている。本山さんは「遺産は災害の語り部のようだと実感する。調査を通じて先人の声なき声をよみがえらせ、防災の大切さを再認識して受け継がれるようになれば」と話す。

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