映画「花筐/HANAGATAMI」で唐津くんちのシーンを撮影する前に大塚康泰・唐津曳山取締会総取締(当時)と談笑する大林宣彦さん(中央)=2016年10月、唐津市の旧大成小グラウンド

 10日に亡くなった映画監督の大林宣彦さんは「花筐(はながたみ) HANAGATAMI」では唐津市、「水の旅人 侍KIDS」では佐賀市富士町をロケ地に選び、佐賀市の古湯映画祭にゲストでたびたび呼ばれるなど佐賀とのゆかりも深かった。巨匠の訃報に県内から惜しむ声が相次いだ。

 「花筐」製作に携わった唐津映画製作推進委員会の会長を務めた辻幸徳さん(71)は撮影現場によく足を運び、「ものすごく優しく、人当たりも柔らかな人だった」と振り返る。

 大林さんはがんと闘いながらの撮影で、唐津市内の病院から外出許可をもらって現場に通った。「終盤は熱がこもってきたのか、だんだんと病院へ帰る時間が遅くなっていた」と明かす。「花筐は唐津市民にとって宝。作品に込められた監督の思いを反すうしていきたい」としのんだ。

 製作推進委員会の事務局長を務めた甲斐田晴子さん(38)は、2014年に「花筐」の脚本を見せられ、「すごい内容だった」と印象深く思い起こす。甲斐田さんは資金集めやボランティア募集などに奔走、「追われる夢ばかりを見た」と懐かしみ、「歴史に残る映画を作っていただき、感謝とともにご冥福を祈りたい」と言葉を継いだ。

 大林さんは唐津くんちを「唐津の魂」と言い、「花筐」では唐津くんち14台の曳山(やま)の勇壮な姿を息をのむ映像美で捉えている。

 大林さんから撮影協力の打診を受けた唐津曳山(ひきやま)取締会前総取締の大塚康泰さん(75)は「花筐を語る情熱、真しん摯しな態度、映画に命をかける姿勢に引かれた。やがて皆が協力して曳山を出そう、となった」と述懐する。大塚さんもせりふ付きで出演。「監督のお情けでしょう」と言いながらも「唐津の『古里映画』を作ってもらった。惜しい人を亡くした」と声を落とした。

 大林監督は、古湯映画祭にも1989年から2013年までに4度、ゲスト出演した。実行委員長の大歯雄司さん(67)は「妻の恭子さんからは『早く帰してね』と言われていたが、二次会にも付き合ってくれて。佐賀の酒『鍋島』がお気に入りだった」と振り返り、「花筐も映画祭で上演して、監督にまた来てほしかった」と肩を落とした。

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