きやぶ百景

 JR長崎線中原駅北側に高さ18メートルのレンガ造りの煙突が孤独に立っている。何の工場かな、と思う人も多いようだが、昭和33(1958)年まで製蝋(ろう)工場が営まれていた名残である。

 江戸期から、石油製品のパラフィン蝋に代替わりする昭和の中頃まで、この一帯はハゼ栽培や木蝋(もくろう)生産が産業として盛んに行われていた。ハゼノキは人工的に植林された歴史があるが、晩秋になると山麓は櫨紅葉(ハゼモミジ)が見頃になる。

 木蝋の用途は、蝋燭(ろうそく)、化粧品、織物工業など多岐にわたり、米国、英国などにも輸出されていた。平成20(2008)年、地元「中原の豊かな自然を守る会」の協力を得て小規模ながら蝋搾りが復活。中原小では歴史を学びながらハゼの実蝋搾りを体験学習している。中原小、中原中、三養基高の校歌にも櫨紅葉が歌い継がれている。孤高の煙突は、みやき町歴史遺産である。

絵 水田哲夫=鳥栖市本町

文 太田家良明=みやき町白壁

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