安倍晋三首相の緊急事態宣言を受け、東京・歌舞伎座で5~7月に予定されていた「十三代目市川團十郎白猿襲名披露」公演の延期が発表された。大名跡の継承という伝統芸能界にとっての一大イベントだが、延期公演の日程は未定という。

 新型コロナウイルスの感染拡大で、多くの舞台やコンサート、美術展などが中止・延期となってきた。宣言によって、さらに広範な自粛を関係者は余儀なくされるが、こうした事態だからこそ芸術文化や精神生活の大切さを深くかみしめたい。

 専門家の意見に基づく政府や地方自治体の要請に応じ、日常が一部制限されることは現時点で仕方がない。爆発的感染や医療崩壊を食い止めるための自律的な行動は、市民としての当然の責務だろう。自らの命を守り他者を危険にさらさないことは何よりも重要だ。

 その意味で「不要不急」の外出を避けるのは当たり前と言えるが、これが芸術や娯楽とセットで語られがちな点に強い違和感を覚える。芸術や娯楽を求める気持ちが不要不急かそうでないか、外からはうかがい知れない。ある人にとって必要火急かもしれないという想像力が大切ではないか。

 不要不急との言葉を突き付けられ、思いを声に出せずにのみ込んでしまう人たちがいるはずだ。「たかが娯楽」と軽く見るのではなく、自粛要請が人々の精神にかなりの負担を強いている可能性があることを、行政も社会もしっかりと認識する必要がある。

 安倍首相は3月28日の記者会見で、芸術やスポーツの必要性に触れ「困難にあっても、文化の灯は絶対に絶やしてはなりません」と述べた。であればこそ、政府はその意義を前面に出し、自粛で厳しい立場に置かれた送り手に、もっと手厚い経済的支援をするべきだ。

 政府は自粛要請に対する個別補償に否定的な考えだが、公演などの中止や延期で業界は疲弊している。特に映画のミニシアターや演劇の小劇場、ライブハウスなど小規模な事業者は窮地に立つ。フリーランスを含むスタッフも同様だ。仕事として文化芸術に関わることは必ずしも金銭的な豊かさに直結しない。その上で今回の自粛である。「文化の灯を絶やさない」ために力を尽くしている人々の窮状にもっと目を向けるべきだろう。

 宮田亮平文化庁長官は「文化芸術に関わる全ての皆様へ」と題したメッセージで「明けない夜はありません! 今こそ私たちの文化の力を信じ、共に前に進みましょう」と述べた。自身も芸術家であり思いを共有するとの考えは理解できるが、文化行政のトップが発するメッセージとしてあまりにも抽象的・情緒的で、具体性に欠けた。関係者から厳しい批判が相次いだのも当然といえる。

 もちろん、問題は経済面だけではない。アーティストにせよ、エンターテイナーにせよ、送り手にとって、受け手である観客と一体になった表現の場を奪われることはつらく悔しいだろう。為政者はその痛みにもっと敏感になるべきである。

 メディアも気をつけたい。配慮を欠いた自粛報道は同調圧力を生んで相互監視を招き、社会的排除や差別につながっていく。自粛の必要性を伝える役割をしっかりと担いながらも、文化芸術を希求する人々の気持ちを切り捨てた報道にならないよう、肝に銘じたい。(共同通信・西出勇志)

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