歴史の皮肉である。戦後75年の節目だからだろうか、「戦時下のような」という形容をつい想起してしまう。安倍晋三首相は7日、新型コロナウイルスの感染急増に伴う「緊急事態宣言」を東京、大阪など7都府県に発令した。隣県の福岡も対象となり、人的、経済的交流が密接な本県にも影響が及ぶのは避けられない。

 宣言は対象地域の知事による外出や大型イベントの自粛、学校などの使用制限といった要請・指示に法的根拠を与えるもので、住民に求められる対応が大きく変わるわけではない。ただ、これまでの自粛要請から、より強制力の強い非常措置に踏み出したことへの心理的影響も否定できない。不安の広がりと経済の収縮が一段と進む懸念が高まるなかで、私たちにいま何ができるのか考えたい。

 対象地域となった東京、大阪には県出身者が多数暮らし、福岡には県内からの転出者だけでなく、年間延べ6万人以上が通勤や通学で往復している。現時点では比較的感染が抑えられている県内自治体にとって、対象地域をのがれ、帰省する動きが活発化すれば、感染リスクが高まる恐れもある。

 一方で住民にしてみれば、離れて暮らす家族がどうしているか心配でならないことだろう。非常時には人びとの心はささくれ立ち、過剰な反応を生みかねない。対象地域と隣り合わせだからこそ、感染拡大を防ぐための細やかな対応が欠かせない。

 新型コロナがあぶり出したのは、私たちが豊かさや自由を享受してきた生活の基盤が、ウイルスという「未知の存在」に対して意外にもろい、ということである。

 満員電車や人混みと背中合わせの都市生活はウイルスを封じ込めるのが容易でなく、人口規模に比べ専用の医療体制も極めて貧弱に映る。経費節減のための狭い密閉した店構え、人件費削減のためのセルフサービス…この時代ならではのビジネスのあり方は、ことごとく感染リスクが高い。

 安倍首相は政府対策本部会合で「重要なのは国民の行動変容だ」と述べた。前向きに考えれば、緊急事態宣言という“荒療治”によって生活スタイルが変わっていけば、こうした社会のあり方を見直す契機になるかもしれない。

 ただ、私権を制限し市民生活や企業活動に大きな犠牲を強いる非常手段だけに、景気の一層の冷え込みが心配される。政府は事業規模108兆円の緊急経済対策を打ち出したが、終息が見通せない現時点で、とりわけ影響を被る中小・零細の事業者が営業を継続できる水準と言えるだろうか。

 社会不安の広がりを最小限にして、日常生活を取り戻すことこそ政治の役割である。私たちも知恵を出し合ってこの難局を乗り切りたい。(論説委員長 桑原昇)

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