動物園で爬虫類(はちゅうるい)のコーナーをのぞくと、じっと動かない巨大トカゲに出くわすことがある。こちらが声を掛けても、ガラスをたたいてもピクリともしない。彼を振り向かせるにはどうすればいいか。生物学者の福岡伸一さんによると、トカゲの目の前に手をかざしておいて、急にぱっと引っ込めればいいらしい◆目の前にあったものがなくなる。そんな動きが生き物にとって「情報」になる。それで環境の変化を察知し身構える。新型コロナの感染拡大も、都市から人混みが消えた光景は、この騒ぎが新たな段階を迎えたという重い「情報」だったのだろう◆安倍首相がきょうにも緊急事態宣言を出すという。移動や集会、経済活動の自由を制限できる、戦後日本が初めて経験する強権的な措置である。東京や大阪をはじめ、隣県の福岡も対象になる。県内から離れて暮らす家族も多いことだろう。都市経済が停滞すれば、地方への影響も避けられない。決して「よそごと」ではあるまい◆〈あの声で蜥蜴(とかげ)食らうか時鳥(ほととぎす)〉とは芭蕉門下の其角の句。人は見かけによらないたとえである。マスクやトイレットペーパーを買い占める人だかりを見る限り、非常時ほど人の本質があらわれるようで不安になる◆疫病一つで都市機能が止まる。世界はこんなにもろいのかと、じっとトカゲみたいに考えている。(桑)

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