タンスの引き出しの奥に、なつかしいものを見つけた。手縫いのマスク。チェックの柄がどうにも気恥ずかしく、しまいこんだまま忘れてしまっていた。亡くなった母が作ってくれたものだった◆あのころ……2009年、新型インフルエンザが広がり、ちょうど今みたいに店頭からマスクが消えた。県外に住む、幼い子を抱えた姉が「マスクが買えない」とこぼしたのを聞いて、母はあちこちからマスクをかき集めていた。それも手に入らなくなり、自分で作り始めたのだろう。重い病気を得て入退院を繰り返していた時期だった。思えば、このマスクは母が最後にくれた贈り物である◆ゲージツ家の篠原勝之さんが語っている。自分が創作に打ち込むのは、「悲しいことがあったら手を動かしなさい」と母親に教えられたからという。編み物が好きな人だった。「おふくろがあんなに早く編み物に手を動かしていたのは、悲しいことがいっぱいあったからだ」◆人の手に触れられると、ふっと温みを感じる。手には思いがこもる。全世帯に布マスクを2枚ずつ配るという政府方針の評判が悪いのは、国民への思いが見えないからだろう。マスクよりお金より、誰もが安心をほしがっている◆そう書けば、「あんたの記事は悪口ばっかい」とハハノマスクに、昔みたいにしかられそうな気もする。(桑)

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