「四月一日」という珍しい苗字がある。金田一春彦著『ことばの歳時記』によると、富山県東部に多く、「わたぬき」と読むそうだ。旧暦のむかし、4月1日は衣替えの日で、それまで着ていた綿入れを脱ぎ、裏地のある合わせに着替えた。「綿を抜く日」ということらしい◆きょうから新年度。学生気分を脱ぎ捨て、真新しいスーツの新社会人たちがスタートラインに立つ。今年は新型コロナウイルスの影響で入社式を延期する企業が県内でも少なくない。歓迎会もはばかられる寂しい門出である◆知らず知らずウイルス禍は働く意識を変えつつある。都会では時差出勤や在宅勤務が当たり前になって、テレビでもアナウンサー同士が距離を置いてニュースを読んでいる。ふれあいの少ない、どこかよそよそしい職場というのも新入社員を戸惑わせそうである◆群れで暮らすサルは食事のときだけは分散して仲間と顔を合わせない。エサを奪われないようにするためという。「そんな個人主義の閉鎖社会は共感や連帯する力が低下し、仲間のために何かしてあげたいという心が弱くなる」と、霊長類学者の山極寿一さんは指摘する◆感染者が日々増えていく中で、恐れや不安という分厚い綿を引っこ抜くのは難しい。それでも、自分のよって立つ足場は冒されていないか、見つめ直す節目でもある。(桑)

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