一昨年の2月、高校受験を終えた小林宙(そら)くんは都内の自宅近くの税務署に「開業届」を出し、個人事業主になった。全国から集めた伝統野菜のタネを流通させる会社を立ち上げたのである◆タネは空気のような存在だと宙くんはいう。「ある」のが当たり前で、失った瞬間ありがたみがわかる、というか死ぬ。米や野菜や果物はもちろん、穀物を食べて育つ家畜の肉も食べられなくなる。人間が追い求めてきたおいしい農産物はタネの改良の歴史でもある◆子どもがミニカーやシール集めに熱中するように、幼いころからタネ集めが大好きだった宙くん。小学生のころから野菜を栽培し、やがてタネから育ててみたくなった。古い農業書を読みあさるうち、地域の中だけで昔から栽培されてきた伝統野菜の存在を知る◆ブランド野菜と違って、地域の伝統野菜は一度途絶えれば二度と味わえない。歴史がはぐくんだ文化が消えてしまう。そんな危機感から立ち上げた会社は妹2人が臨時社員。宙くんが旅して仕入れたタネを八百屋や花屋、本屋などに置いてもらっている◆一粒のタネが別の地域で新たな産品になれば、農業の未来もこの国の食料自給のあり方も違ってくるかもしれない。その情熱は著書『タネの未来』に詳しい。世界を変えようとしている若者は、スウェーデンの少女だけではない。(桑)

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