「溜め涙」という言葉がある。幸田文さんが随筆「身にしみる日」に書いている。3人の長じた子どもと長女夫婦、孫2人の大所帯に暮らす女性の打ち明け話である◆夫を早くに亡くし、残された家族をここまで大きくした彼女が、普段通り夢中で洗濯をしていると、孫が声をかけたという。「なぜそんなに何度も何度もするのさ、つまんないじゃないかおんなしこと」。ひたすら自分のしてきたことが「くだらない」と言われたようで悲しく、みじめな気持ちになった、と女性は言葉を詰まらせた。「溜め涙」とはそんな、流すまいとこらえてきた涙のこと◆2年前、森友学園への国有地売却問題のさなか自殺した近畿財務局職員の遺族も、「溜め涙」にも似た無念さで訴訟に踏み切ったのだろう。手記にある決裁文書の改ざん指示は、職務に忠実であろうとする公務員の良心を「くだらない」とわらうような行為である◆加計学園に桜を見る会、検事長の定年延長と、安倍政権下で相次ぐ問題は、登場人物だけが違う同工異曲の身内びいきに見える。世間の関心が新型コロナ騒動に集まって、内心ほくそ笑んでいる御仁がおられるかもしれない◆小沢昭一さんの『川柳うきよ鏡』から一句。〈遺憾です二度とこんなこと三度四度〉。国民にこれ以上、不信という「溜め涙」を流させてはいけない。(桑)

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