童話作家浜田廣介(ひろすけ)の作品に「椋むく鳥の夢」がある。父鳥と暮らしながら、この世にはいない母鳥を待ち続け、夢の中で母鳥と会うという話である。物語には廣介自身の生い立ちが色濃く反映されていた◆彼の両親は不仲で母親は家を出ていた。廣介は、恋しさのあまり母の里まで行ったが、窓に映る母の影だけを見て帰ってきた。父親の教えは絶対で、その意志に反して母に会うことは許されなかったからである(梯久美子著『百年の手紙』)◆千葉県の小学4年、栗原心愛(みあ)さんが死亡した虐待事件で父親に懲役16年の地裁判決が出た。「椋鳥の夢」のように心愛さんが待ち続けたのは母親の愛情でもあったろう。だが、その母親も父親の支配下にあり、手を差し伸べることはできなかったという◆果たして、この父親に家庭を持つ資格があったろうか。妻子への監視、束縛。しつけとは名ばかりの暴力。父親の心にひそんでいた弱者への攻撃性にぞっとする◆廣介は晩年、秋田で「おばこ踊」を見て母親のことを詠んだ。自分の結婚式に地味な着物で出席した母が手ぶりよく余興の踊りを踊ったことを思い出したのである。〈おばこ踊 をどるをとめのその手ぶり 見れば思ほゆ 母のおもかげ〉。心愛さんも母親との安らぎの日々を夢見ていたかもしれない。命も未来も奪った父親の非道を思う。(丸)

下記のボタンを押すと、AIが読み上げる有明抄を聞くことができます。

このエントリーをはてなブックマークに追加