親による子どもへの体罰を禁じた改正児童虐待防止法が、4月から施行される。虐待の恐れがある家庭への行政の介入権を強めた児童虐待防止法の施行から20年。この間、関係機関の連携で「助けられた命」も多いと思われるが、千葉県野田市の栗原心愛(みあ)さんが亡くなった2019年の事件をはじめ、悲惨な虐待死がなくなることはなかった。今回の改正法に罰則規定はないが、「言って聞かないなら、たたいて分からせるしかない」という考え方がいまだに残る日本社会で、「体罰禁止」を明文化した意義は大きいだろう。今回の法改正をきっかけに、子育ての在り方を見つめ直してほしいし、子育てに悩む保護者を孤立させない地域づくりをあらためて進めたい。

 子どもが一人前に成長するには、かなりの時間と労力が必要だ。社会全体で子どもを見守り、支えることが必要だが、子どもを健やかに成長させる一義的な責任は、やはり親が担うべきだ。例えば、公共の場で好き勝手に振る舞う子どもを放置するような親ではなく、きちんと注意し、善悪を説く。この部分が「しつけ」であり、子どもと最も身近に接する親の責務である。

 問題は、「しつけ」を「親の支配下に置いて何でもできる」と勘違いすることだ。公衆の面前で子どもを大声で怒鳴ったり、たたいたりする姿は、見ていて気持ちのよいものではない。仮に「たたかれるから、騒がないようにしよう」と子どもが思ったとしても、親がいない時は、そのブレーキが利かなくなる。

 理想論かもしれないが、人としての土台を築く幼少期に、親が手本を見せるべきだ。あいさつ、お礼といった礼儀やマナーはもちろん、「人に迷惑をかけない」「物を盗まない」といった「人道」を心に刷り込み、バスや電車で、高齢者や妊婦に席を譲るといった思いやりを見せる。親が率先して範を示せば、子どもも見習ってくれる。1回で身に付くはずはない。機会を逃さず、繰り返し示すことが大事だろう。

 施行後3回目となる今回の法改正に際しては、体罰の定義を「身体に苦痛、不快感を与える罰」とし、たたく、殴るといった行為のほか、長時間の正座や「きょうだいを引き合いにダメだしする」といった言葉の暴力も例示された。

 もちろん、多くの家庭が、体罰に頼らない子育てを実践しているはずだ。だが、見つめ直してみよう。子どもを注意した時の返事に感情的になり、「叱る」ではなく、「怒る」になっていないか。叱ると怒るは違うが、売り言葉に買い言葉で、つい手が出てしまうこともあるのではないか。一つの体罰がエスカレートする恐れがないとはいえない。「体罰禁止」を明文化した今回の法改正を突き詰めて考えると、感情的にならず、じっくりと教え諭す子育てが保護者一人一人に突き付けられているような気がする。

 昨年、全国の警察が摘発した児童虐待事件は1957件と過去最多で、佐賀県内も摘発は11件と、前年に比べ10件増えた。「体罰は絶対に駄目」という啓発を続けるとともに、子育て中の親を孤立させないよう地域住民の関わりを強め、令和の時代に児童虐待を根絶したい。(中島義彦)

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