昼下がり、近所でキャッチボールの光景を見かけた。新型コロナウイルスのせいで休みが続く、まだ幼い小学生のようである。家の中で過ごすのをかわいそうに思ったのか、おじいちゃんが玄関先でボールを受けてあげている。通りかかった主婦がにこやかに声をかける。心なしか少年の一投にも力がこもって見えた◆ずっと以前、高齢化が進む住宅街を取材したことがあった。ふと住民がもらした言葉を思い出す。「どこからか、たまに子どもの声が聞こえるだけで、涙が出そうになる」。息子たちは独立し、夫婦ふたりの暮らしが長くなったせいかな、と笑った◆数々の名作ホームドラマを手がけた脚本家山田太一さんが書いている。〈家族はクシャミでありイビキであり、急に意味不明の高い声を出した妻の内面であり、夫の沈黙であり、目がはなせない赤ん坊の笑い声泣き声であり、老母の咳であり、自分でも始末のつかない娘の不機嫌であり…〉。日常のそんな細かな音を敏感に感じ取るのが家族の力だ、と◆にぎやかに音を立てた家族はやがて一人また一人といなくなり、地域全体がひっそりと静まりかえる。誰もがウイルス禍にふさぎ込んでいる今、子どもたちの声は余計、心弾ませるに違いない。もっと、そこここに歓声が響くといい◆この休校中、地域にできることもきっとある。(桑)

下記のボタンを押すと、AIが読み上げる有明抄を聞くことができます。

このエントリーをはてなブックマークに追加