被災前に家族と訪れた桜の公園での写真を見せながら、「地元の復興に貢献できるよう、いろいろと経験したい」と話す武藤礼司さん=佐賀市の佐賀清和高校

 津波と原発事故で傷ついたふるさと・福島のために役に立ちたい-。東日本大震災で被災し、佐賀市で避難生活を続けてきた佐賀清和高3年の武藤礼司さん(18)が、4月から福島大学に進学する。大学では行政政策学類を専攻して地域づくりなどを学び、「被災した経験を生かせる仕事を見つけたい」と大好きなふるさとで生きる道を探す。

 武藤さんが育ったのは、東京電力福島第1原発の隣町の福島県富岡町。被災したのは小学3年生の時で、下校前のホームルームで大きな揺れが続いた。横倒しになったピアノや棚から投げ出されたランドセルを見つめながらグラウンドへ逃げた。消防車や救急車のけたたましいサイレンの音で「女子たちが泣いて初めて怖くなった」と振り返る。

 翌朝、避難所で「原発が爆発した」と大人たちがざわついていたのを覚えている。家族で着の身着のまま福島を出て、両親の実家がある佐賀市に移り住んだ。

 町全域にかかっていた避難指示の解除を受け、3年ほど前から町の様子を見に訪れ、放射能の影響で立ち入れなくなった公園や通った幼稚園が更地になった様子を目にした。「思った以上に復興は進んでいない。建物は元に戻っているけど、人が戻ってきていない」との思いを強くした。

 「桜並木の通りがにぎわっていた祭りとか、人が戻って普通の生活をできるのが復興した姿だと思う」。幼少期に兄と遊んだ思い出や桜並木のある町の風景が胸によみがえり、地元に戻る決意を固めた。

 福島大では復興のあり方なども学び、被災者から体験を聞き取って新聞を発行するボランティアに参加するという。「家族も含めて大好きな町が被災し、傷を負った姿を見てきた。震災から何を感じたのか、思いをくみ取りたい」と町と人が立ち直っていく姿を胸に故郷の地を踏む。

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