〈なごりおしくおもへども、娑婆(しゃば)の縁つきて、ちからなくしてをはるときに、かの土(ど)へはまいるべきなり。いそぎまいりたきこゝろなきものを〉。親鸞(しんらん)の歎異抄(たんにしょう)。ノンフィクション作家の中島みちさんは乳がん手術の麻酔から覚めた時にラジオから流れる一節が胸に染みた◆愛する者、幼い者を残して、この世から消え去らなければならない苦しみから救いを得ようと人は悩む。歎異抄を聞いた時、「その悩める人間としての等身大の告白に、ある安らぎが得られた」と『わたしの「心の書」』にある◆東日本大震災の発生からきょうで9年。あの日、地震と津波に襲われ、家族の安否も分からぬまま一人消えゆく苦しみを背負った人が数え切れないほどいた。1日現在で死者は1万5899人、行方不明者は2529人にのぼる◆残された人もまた苦悩の中を生きてきた。岩手県大船渡市の栗村慶子さん(78)は「津波で家が流出したが、元通りになっているのではないかという妄想にも取りつかれた」ときのうの本紙にあった。だが、母の「人に優しく」という言葉を思い出し、声を掛け合って友人を得たことが支えになった◆被災者の一人一人の叫び。新型コロナウイルス感染症の混乱の中、その声もかすみがちだが、教訓として伝えるべきは何か。震災を胸に刻み、再確認する時にしたい。(丸)

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