謡曲「俊寛」を謡う会員

 謡曲の「俊寛」を謡い、俊寛僧都(そうず)「をしのぶ「俊寛を謡う会」(会員40人)がある。各地の謡曲の会の支部のメンバーが集まり、年3回実施。1月には佐賀市の若楠公民館で開かれた。

 1177年、俊寛の鹿ヶ谷山荘で平家打倒の密議をしたとして、俊寛と藤原成経、平康頼が、鬼界ヶ島(薩摩硫黄島)に流刑になったと記す「平家物語」が基になっている。

 謡曲は、島に赦免を知らせる使者が来るところから始まり、俊寛だけ許されず、帰る船に取りすがるが一人残されるところで終わる。その時の俊寛のどん底に落とされた悲痛な叫びが、舞台に並ぶ会員の謡いから伝わってきた。

 島で亡くなったといわれる俊寛の墓は諸説あり、佐賀の法勝寺(嘉瀬町)にもある。寺の説明板に「俊寛も一緒に島を出て、鹿(嘉)瀬庄まで伴いこの地に来て、留まりここで没したと伝えられている」とある。

 会の世話人の牛島英典(80)さんは「俊寛が佐賀に縁があるということを知ってもらい、観光の目玉になるといいですね」と話す。問い合わせは牛島さん、0952(31)3295。(地域リポーター・上原和恵=佐賀市)=おわり

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