南側から望む通称「寺山」=鳥栖市

 鳥栖市の西部に位置する山浦町は、九千部山系の山々が北側に広がる地域です。800年ほど前の鎌倉時代から、武士たちが活躍した地域でもあります。

 この地を本拠とした武士・山浦氏の活動は、「大友文書」に建久6(1195)年に大宰府を警護した御家人・山浦三郎の名前が見えるのをはじめ、南北朝時代には山浦定恵坊準幸や山浦出雲権守などが活躍したことも記録に残っています。

 一方、戦国時代に鳥栖をはじめ周辺地域に大きな勢力を誇った筑紫氏も、山浦地区と縁があったようです。筑紫氏は山浦町の北隣・牛原町に所在する勝尾城を本拠地としますが、子孫の筑紫安世が江戸時代に残した「筑紫家由緒書」などの記録では、筑紫満門の時代に筑紫氏の館が山浦にあったことが記されています。

 このように、中世から武士たちの活動が盛んであった山浦地域には、拠点として山浦城が築かれていたようです。その場所は確定していませんが、県の調査などでは山浦八幡宮の北西に位置する、地元で寺山と呼ばれる標高96メートルの丘陵が山浦城の跡ではないかと考えられています。

 現在は穏やかな街並みが広がる山浦町ですが、中世に活躍した武士たちの痕跡が静かに眠っているのです。(地域リポーター・田中健一=鳥栖市儀徳町)

このエントリーをはてなブックマークに追加