末期がんの父が最期を迎えようとしている。〈死ぬことが、わからない。親に死なれるということも、わからない〉。重松清さんの小説「あおげば尊し」で、主人公の小学校教師が自問する。それは自分が年老いていくことも、毎日を生きていることさえも、何もわかっていないということではないか、と◆子どもたちに命の大切さや生きる喜びを伝える。きれいごとでは割り切れない難しいテーマに、石川県の小学校教師だった金森俊朗さんは30年以上前から向き合ってきた。がん患者や出産間近の妊婦を招いた「いのちの授業」は画期的な実践だった◆結婚して初めてできた子どもを胎内で亡くし、翌年再び妊娠して生まれた子は7カ月の早産で、誕生からわずか3日で息絶えた。自身も交通事故に遭い、ある日突然奪い去られる命のはかなさに気づいた。それが授業を始めるきっかけになった◆クラスメートの父親が亡くなり、通夜に参列した教え子の4年生は「一人の死は、一人の死ではなかった」と語った。人が多くの人とつながって生きているという実感を、子どもたちは学び取っていた◆新型ウイルス対策の休校措置で、食事も遊びも衛生管理も学校に任せきりだった社会は悲鳴を上げている。命の意味を教えることも、すでにそうだったのだ―と教え諭すように、金森さんが逝った。(桑)

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