「クレーンをいかに揺らさずに荷物に収めるかが、腕の見せどころで、まさに職人技。アクセルの音や油圧の音など、耳でも聞いている」と話す元山英信社長=杵島郡大町町の元山クレーン建設

元山クレーン建設の森田圭一朗さん=杵島郡大町町の同社

大小さまざまなクレーンが並ぶ元山クレーン建設=杵島郡大町町の同社

 ■業界の動きをどう捉え、経営トップとしてどのような選択を考えているか。

 県内では、新幹線長崎ルートや有明海沿岸道路建設工事など、引き合いは多い。周辺各県でもこれから数年かけて大きなプロジェクトがある。近隣他県と比べると佐賀県は母数が違う。われわれの業界は元請けではないので、自分たちで仕事をコントロールできない。現場や需要に合わせて大小さまざまなクレーンを稼働させるため、機種をそろえている。例えば、コンパクトで釣り能力があるドイツ製の80トンクレーンは、九州では弊社にしかない。新しい機種や他社が持っていない機種をそろえる設備投資は、億を超える金額になるが、回収できるかどうかは、分からない。しかし、受け身ではいけない。社長になってから営業職社員を2人いれ、各地を回ってもらっている。

 ■仕事の喜び、やりがいは。   

 新幹線など大きなものだけでなく、コンビニやガソリンスタンドなど、町中のあらゆる建築物の工事に関わっている。形に残る仕事の方が多いが、直接何かを生む仕事ではない。クレーン作業で間接的に新しいものをつくったり、壊す作業に従事して歴史あるものの終わりに立ち会ったりできる。人が普段、踏み入れない場所やイベントなど、あらゆる場面でクレーンは活躍している。パートナー企業として選ばれ、従事できることにやりがいや面白さを感じている。

 ■昨年8月末の佐賀豪雨のときは被災しながらも、復旧作業に当たった。

 事務所の中で約20センチ、車庫で90センチを超える浸水があり、頭が真っ白になった。乗用車は使えなくなり、クレーンの中でも、側面に電子部品がついている車両もあって、部品交換に時間がかかり、数週間使えない車があった。会社近くの自宅も被災した。高速道路や河川の補修作業の依頼があったが、すぐに動かせる車両がなく、悔しい思いをした。機械的な損失で売り上げも激減したが、多くの人の応援があって、復旧作業にも出られるようになった。この経験は今後の原動力としていきたい。

 ■これから目指すものは。    

 10年前に学校行事で息子と埋めたタイムカプセルを昨年開封した。手紙には売り上げが厳しかった状況がつづられていた。厳しい時代を経験しているだけに、現状に安心せず、どう生き抜くかを考えている。どんな時代になっても負けないような強さをもっていたい。そのために、大型機種をそろえるだけでなく、オペレーターの技術力や安全意識を高めていきたい。リモコンで動かせると言われるが、結局は人間の手が必要。弊社に頼んでくれるパートナーを一社でも増やしたい。

 

 1980(昭和55)年3月に創業。各種クレーン作業や重量物運搬、敷鉄板リースなどを手掛ける。従業員は20人。売上高は3億2800万円(19年5月期)。ウェブサイトはhttps://www.cableone.ne.jp/~m-crane4

 

<VOICE若手社員から> 森田圭一朗さん(オペレーター)

 経験したことのない仕事をしてみたいと、車の部品の製造会社を経て、29歳で入社した。ゼロからの出発だったが、操作やメンテナンスの仕方、現場での作業内容などを、先輩たちが丁寧に教えてくれた。そのおかげで、今では25トンクレーン車を動かし、現場で作業に当たっている。社長や先輩たちとのコミュニケーションが取りやすく、雰囲気がいい。最新機種を取り入れており、きれいなクレーン車に乗れるのも魅力で、大きなクレーン車を自分で動かすところに達成感がある。息子には写真を見せ、自慢の仕事と伝えている。

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