マスクを着け、体温計を手にしたひな人形。新型コロナウイルスの終息を願って、ある薬局に登場した変わりびなである。品切れが続くマスクは輪ゴムとティッシュペーパーで手作りしたというから、どこかかわいい◆もうすぐ桃の節句。作家の円地文子さんは幼いころ、家にひな人形がなく、友達がひな壇を飾る話をしていると悲しかったと振り返っている。一方で、ひな壇の白酒や桃の花を見ると〈もう長い冬も終わりになる。いよいよ春が来るのだという確かな手形をもらったうれしさ〉も感じた◆随筆につづられた桃の節句の思い出。歌人の生方(うぶかた)たつゑ(え)さんのそれは桃の花を浮かべた風呂だった。幼い日、優雅な風情など分かろうはずもなかったが、桃の風呂が始まると春が来ていることを教えられたという◆〈桃はからだの中のあなたさんの鬼を追い出しますよってにな。しんぼうして浸ってござることや〉。そう言って、手のひらを丸めてすくったお湯を肩や背にかけてくれる母があった。〈このまろやかな母の手がなかったら…私の今日はなかったかもしれぬ〉としのんでいる◆ひな祭りと母のぬくもり。娘さんが巣立った家庭では、押し入れにしまったままのひな壇も多いかもしれない。きょうは日曜日。飾り付けは今からでも遅くない。できればマスクも着けてあげたいですね。(丸)

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