「九州さが大衆文学賞と笹沢左保」をテーマに語り合った座談会=佐賀市富士町の笹沢左保記念館

川浪秀之さん

小栁義則さん

白石須彌圃さん

世波貴子さん

笹沢左保さんと親交があったエッセイストの筒井ガンコ堂さん

 作家の笹沢左保さん(1930~2002年)の提唱で佐賀新聞社が事務局を担って93年に始まり、17年まで続いた「九州さが大衆文学賞」をテーマにした座談会が今月、佐賀市富士町の笹沢左保記念館で開かれた。エッセイストの筒井ガンコ堂さんが司会を務め、県内在住の奨励賞受賞者4人が創作に取り組むきっかけや大衆文学賞の思い出を語った。

 

【出席者】

川浪秀之さん(47)      =佐賀市

小栁義則さん(60)      =小城市

白石須彌圃(すみほ)さん(79)=唐津市

世波貴子さん(57)      =佐賀市

 

【コーディネーター】

筒井ガンコ堂さん

 

●川浪さん「読んでもらう難しさ」

●小栁さん「人間を書くのが原点」

●白石さん「呼吸するように書く」

●世波さん「王朝丸ごと書きたい」

 

■筒井 佐賀新聞社に勤めていた頃、笹沢さんから週に一度くらい呼ばれて飲んだり食事したりしていた。自己表現の手段として小説を選んだ理由を。

 白石 唐津の同人誌『玄海派』の松浦沢治先生から声をかけられ、43歳くらいから書き始めた。県文学賞の応募規定60枚を書くよう指示され、午後の2時から4時まで、とにかくマス目を埋めることから始めた。

 小栁 宮本輝さんの『泥の河』『螢川』など初期のシリーズは、自分が小さい頃に経験した世界だと感じた。ひょっとしたら自分にも書けるかもと錯覚して書き始めた。転勤族だったので福岡の同人誌や大阪の教室に通い、仲間から刺激を受け続けてきた。

 世波 大学生の時に塩野七生さんに強烈に憧れ、20代で江戸川乱歩賞の一次選考を通った。30歳ぐらいの時にタランティーノの映画を観て「これは文章では表現できない」と遠ざかったが、再び書き始めて完成した時、締め切りが1番近いのが大衆文学賞だった。本業は翻訳なので、小説執筆は本業にも役立っている。

 川浪 20歳の時に初めて書いて、140枚ぐらい書けた。知人から「最後まで読める」と言ってもらえたのがスタート。県文学賞でも評価をいただいたりして、小説の形にはなっているんだなと思った。40歳を過ぎて東京に転勤し、シナリオを勉強した。

 

■筒井 芥川賞と直木賞があるように純文学と大衆文学には根強い議論がある。「大衆文学」に、どう向き合ったか。

 川浪 東京から佐賀に戻って、小説家の山本甲士さんの佐賀新聞文化センターの教室「小説を書いてみよう」に通った。山本さんから応募してみないかと背中を押され、推理小説を書こうと初めて意識した。

 小栁 以前、大阪の堺自由都市文学賞の佳作を受賞した時、審査員の藤本義一さんから「地方に住んでいたら、地方の題材がいっぱいある。わざわざ都会風の小説を書かなくてもいい」と言われた。佐賀にも歴史的な遺産がたくさんあると思い、呼子の捕鯨の資料に当たった。大衆文学にせよ、純文学にせよ、人間を書くのが原点だと思う。

 

■筒井 現在の活動と、これからの展開を。

 白石 全作家協会の機関誌で短編小説特集や掌編特集があって、掌編を必ず書く。さらに、春と秋の2回、夫と2人で個人文芸誌『ふたり』を出している。書くのは呼吸するように生活の一部で、書いている時が最も満たされる。

 高校生の文芸コンクールの講師も務めているが、高校生は素晴らしいものを書く。若い書き手が増えたらいいなと思っている。

 川浪 受賞した年に県文学賞も受賞できて、作品を改題して映画を作った。ただ、書くことと、発表することは地続きではない。発表して、読んでもらうのはものすごく難しい。

 世波 長編を書きたい。歴史が好きで、調べると作品に入れたくなる。時代小説はすでに終わった時代なので、どう解釈して書くか、腰を据えて書ける。中国のひとつの王朝を丸ごと書いてみたい。

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