新型肺炎拡大への懸念から株価が大幅に下落している。株価の大きな変動は過去にも経験しているが、ちょうど100年前の1920(大正9)年3月、日本は第1次大戦後の「戦後恐慌」に見舞われていた。欧州列強が市場に復帰し、日本は輸出不振に陥って株価が暴落したのだった◆だが、この年の4月、尼崎市塚口町に取得した東京ドーム6個分、8万5千坪の用地で新工場建設に着手した企業がある。伊万里市出身の森永太一郎が創業した森永製菓である。塚口工場はその規模から「東洋一のビスケット工場」といわれた◆けた違いの敷地が用意されたのは、生産環境や福利厚生施設で欧米にひけをとらない「働く人の理想郷・森永タウンを」との太一郎の思いが込められていた。森永のホームページに「ビスケットヒストリー」として紹介されている◆9月には工場内にスタンド付きの野球場を設け一般に無料開放した(「尼崎地域史事典」)。工場建設を機に尼崎に渡った伊万里の人が少なからずおり、この地で商店街を興した人もいる。森永を通した伊万里と尼崎の意外な関係である◆「優れたお菓子を作って海外輸出を盛んにし、国益を図りたい」という創業以来の夢へ事業を展開させた太一郎。慢性不況といわれた時代に人々に優しい味を届けた。きょうは「ビスケットの日」。(丸)

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