天皇陛下が60歳の誕生日に際し、宮内記者会などと会見された内容の全文は次の通り。

 ―即位の感想とともに、天皇としての約10カ月を振り返り、お気持ちをお聞かせください。また、平成時を踏襲した儀式の在り方についてのお考えをお聞かせください。

 私は、昨年の5月1日に皇位を継承致しました。平成の時代には、皇太子として、上皇陛下のお近くでさまざまなことを学ばせていただき、準備をしてまいりましたが、剣璽(けんじ)等承継の儀、即位後朝見の儀に際しては、これから先、わが身が担う重責に思いを致し、身の引き締まる思いがし、厳粛な気持ちになりました。

 それから約10カ月、一つ一つの公務に真摯(しんし)に向き合い、心を込めて大切に務めを果たすべく努めてまいりました。天皇の一つ一つの公務の重みと、それらを行うことの大切さを感じております。この間、常に私の傍らに寄り添い、相談に乗り、公務に共に取り組みながら支えてくれている皇后雅子に、感謝しております。

 振り返りますと、上皇、上皇后両陛下が、30年以上の長きにわたり、国民に寄り添い、国民と苦楽を共にされながら、公務に取り組んでこられたお姿に尊敬の念を新たに致します。そして、天皇、皇后としての私たちの新たな門出を、温かい目でお見守りくださったことに厚く感謝を申し上げます。

 この10カ月の間に、最も印象に残っていることの一つに、都内や地方での諸行事や諸儀式の際などに、多くの方々から、温かい祝福の声を寄せていただいたことが挙げられます。

 また、即位礼正殿の儀に参列され、饗宴(きょうえん)の儀にもご出席いただいた各国を代表する方々から心のこもったお祝いを頂きました。海外の王室の方々とも旧交を温めることができたことをうれしく思っております。

 そうしたお一人お一人の声に支えられて今日を迎えることができていると感じております。この場を借りて改めて感謝致します。

 日本国および日本国民統合の象徴としての私の道は始まってまだ間もないですが、たくさんの方々から頂いた祝福の気持ちを糧に、上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し、また、歴代の天皇のなさりようを心にとどめ、研鑽(けんさん)を積み、常に国民を思い、国民に寄り添いながら、象徴としての責務を果たすべくなお一層努めてまいりたいと思っております。

 儀式の在り方についての質問ですが、平成へのお代替わりにおける一連の即位儀式の際、現行憲法下における初めての即位ということもあり、儀式の在り方について、慎重に検討がなされたと承知しております。

 今回の一連の諸儀式においては、平成時を踏襲した上で、必要に応じて、変更や工夫を取り入れたものと認識しております。

 ―AI技術の進展や外国人労働者の増加など、日本社会が大きく変わろうとしている令和の時代に、陛下は具体的にどのような活動によって天皇の役割を果たしていくお考えか、決意をお聞かせください。陛下の憲法に対する思いも併せて教えてください。

 ご指摘のように、近年は特に変化の激しい時代です。例として挙げられたAIが数年前には今のように話題になっていなかったことや、今では当たり前に使われ、われわれの生活を大きく変えているスマートフォンの普及、その一方で、各地で大きな被害をもたらす気候変動による自然災害の脅威がさらに深刻になっていることなど、平成の初期と比べても、人々の生活環境は異なってきていると思います。

 このような変化の激しい時代にあって、社会の変化や時代の移り変わりに応じた形でそれに対応した務めを考え、行動していくことは大切なことであり、その時代の皇室の役割でもあると考えております。そのためにも、多くの人々と触れ合い、直接話を聞く機会を大切にしていきたいと考えています。同時に、先に述べました通り、常に国民を思い、国民に寄り添い、象徴としてあるべき姿を模索しながら務めを果たし、今後の活動の方向性についても考えていきたいと思っております。

 憲法についての質問ですが、日本国憲法は、日本国および日本国民統合の象徴として天皇について定めています。憲法を順守し、象徴としての務めを誠実に果たしてまいりたいと考えております。

 ―陛下は皇后さまのご活動やご体調をどのように受け止め、今後、どういった役割を期待されていますか。高校卒業を控えた愛子さまのご活動や将来、上皇ご夫妻のお過ごしをどのようにご覧になっていますか。

 雅子は、種々の工夫を凝らしつつ一生懸命に努力を積み重ね、幸いにして、令和元年は、即位に係る全ての儀式・行事に出席することができました。このことを私も雅子もとてもうれしく思っております。

 本人も強い責任感を持って一つ一つの行事に臨んでおりましたが、それに加えて、先ほども述べました通り、即位以来、多くの方々から温かいお祝いを頂いたことが活動の大きな支えになっていると思われます。雅子自身も多くの方々から寄せていただいた温かいお気持ちをうれしく、またありがたく思っていると申しておりました。

 他方、雅子はいまだ回復途上にあり、昨年12月の誕生日の際に医師団が見解として述べている通り、体調には波があり、大きい行事の後や行事が続いた場合には、疲れがしばらく残る傾向があります。近くで見ていると、とてもよく頑張っていると思いますが、決して無理をすることなく、これからもできることを一つ一つ着実に積み重ねていってほしいと思います。また、即位以来、忙しい日々を送る中でも、私や愛子にもいろいろと細かく心を配り、活動を支えてくれており、公私にわたり良き相談相手となってくれています。私も今後とも、できる限り雅子の力になり、支えていきたいと思っております。国民の皆さまには、これまで雅子に温かく心を寄せていただいていることに、改めて心より感謝の気持ちを述べるとともに、引き続き雅子の回復を温かく見守っていただければありがたく思います。

 愛子は、この3月に学習院女子高等科を卒業致します。

 学習院女子高等科においては充実した高校生活を送ることができたようで、それもひとえに先生方や多くのお友達のおかげであると感謝しております。今後の進学先については、今日、学校側から、愛子が希望していた、学習院大学文学部日本語日本文学科への合格通知を頂きました。進路については、本人から私たちにも相談がありましたが、本人の意向を尊重しながら、できる範囲での助言をしてきたつもりです。希望の進学先に進めることを、愛子はもとより、私も雅子もとても喜んでおります。高校を卒業し、大学へ進学すると、今まで以上に、さまざまな経験を積み重ねながら視野を広げていく時期になると思います。これからも感謝と思いやりの気持ちを大切にしながら、いろいろな方からたくさんのことを学び、自身での思索を深めていってほしいと思っています。それとともに、充実した学生生活を送ってほしいと思っています。その中で、自分のやりたいことを見つけ、成年皇族としての公務とのバランスを見いだしながら将来への希望を描いていってもらえれば、と思っております。

 上皇、上皇后両陛下には、長年にわたり、常に国民の幸せを願われ、国民に寄り添い、苦楽を共にされながら、全身全霊で務めを果たしてこられました。上皇、上皇后両陛下のこれまでの歩みに思いを致すたびに、深い感謝と敬意の念を覚えております。そして、ご退位に当たり、私たちに対し、種々お心遣いを頂いてきたことをありがたく思っております。同時に、これから高輪へのご移居のご準備や、ご移居に伴う新しい環境への順応などのご負担を案じております。ご退位後、上皇陛下には、生物学研究所へのお出まし、上皇后陛下には、音楽鑑賞や美術鑑賞などへのお出ましなど、これまで十分に時間がお取りになれなかったご活動にもお時間をお割きになれるようになればと思っています。末永くお健やかにお過ごしいただけますよう、心よりお祈り申し上げます。

 ―政府は立皇嗣の礼終了後、安定的な皇位継承に向けた課題の検討を始めます。陛下は皇室の現状を、どのように認識されていますか。また、退位による皇位継承の意義と、望ましい皇位継承の在り方をどのようにお考えですか。代替わり後、皇嗣の秋篠宮さまとは、皇室の課題や将来について、どのように話し合われていますか。

 現在、男性皇族の数が減り、高齢化が進んでいること、女性皇族は結婚により皇籍を離脱すること、といった事情により、公的活動を担うことができる皇族は以前に比べ、減少してきております。そしてそのことは皇室の将来とも関係する問題です。ただ、制度に関わる事項については、私から言及することは控えたいと思います。

 秋篠宮とは、折に触れ、いろいろな話を致しますが、内容について言及することは控えたいと思います。

 ―これまでの60年の人生を振り返り、特に印象に残っている出来事と率直なお気持ちをお聞かせください。また、この1年で印象に残った出来事や、今年開催される東京オリンピック・パラリンピックに期待されることを併せてお聞かせください。

 即位の年齢については、歴代天皇の中では、より高齢で即位された天皇もおられますが、還暦を迎えるのに当たっては、もう還暦ではなく、まだ還暦という思いでおります。

 これまでの60年を振り返ってみますと、幼少時の記憶として、昭和39年の東京オリンピックや昭和45年の大阪万国博覧会があります。私にとって、東京オリンピックは初めての世界との出会いであり、大阪万博は世界との初めての触れ合いの場であったと感じております。

 東京オリンピックでは、私は、当時、皇太子、皇太子妃であった上皇、上皇后両陛下とご一緒に、マラソン競技と馬術競技、そして閉会式に出席しました。断片的な記憶ではありますが、マラソン競技で、一生懸命に走っていた円谷選手が競技場内で英国のヒートリー選手に追い抜かれ、銅メダルを獲得したこと、そして、閉会式において、各国選手団が国ごとではなく、交ざり合って仲良く行進する姿を目の当たりにすることができたことは、変わらず持ち続けている、世界の平和を切に願う気持ちの元となっているのかもしれないと思っております。

 大阪万博では日本のパビリオンはもとより、外国のパビリオンも多数回り、世界にはこんなにも多くの国があり、一つ一つの国がさまざまな特色を持っているのだということを目の当たりにしました。

 青年に達してからの大切な記憶として、まず思い起こすことは、オックスフォード大学への留学です。一人の留学生として、日本にいる時より自由に行動でき、その中で、さまざまな人との交流を重ね、イギリス社会を内側から見つめるとともに、外から、より客観的に日本を見る視点を養うことができたこと、そして、研究生活を通じ、「水」問題への関心の一つの端緒となった研究論文に取り組むことができたことなど、現在の公務に取り組む姿勢にも大きな影響を与えている数々の貴重な経験をさせていただきました。このような機会を与えてくださった上皇、上皇后両陛下に、改めて感謝申し上げたいと思います。

 平成になり、皇太子となって平成5年に結婚し、雅子と2人で支え合いながらいろいろなことを経験することができたこと、そして、愛子も生まれたことは本当にうれしいことでした。親として、愛子の成長を見守ってくることができたことも喜びでした。

 その一方で、平成7年の阪神・淡路大震災や平成23年の東日本大震災をはじめとする数々の災害による被害の大きさが、忘れることのできない記憶として、脳裏に焼き付いております。同時に、大勢の被災者の方々が、大きな被害を受けながらも、助け合いながら、また、海外も含め、周囲の多くの人々による支援に支えられながら、多くの苦難を乗り越えてこられた姿が深く心に残っています。自然災害が起きることが避けられないとすれば、その被害が小さくなるよう、できる限り日頃から防災・減災の意識を持って取り組みを心掛けることが重要なことではないかと思います。

 昨年も残念ながら、台風19号をはじめとする台風・大雨などの自然災害により、多くの方が亡くなられ、また、家屋の損傷なども含め、大きな被害が生じたことは心の痛むことでした。昨年12月には、特に人的被害の大きかった宮城県・福島県を雅子と共に訪問しましたが、寒さが厳しい中、不自由な避難生活を送らなければならない方々のことを思うと、今なお胸が痛みますし、避難生活をされる方々を支えたり、災害復旧に当たったりしている関係者の皆さんも大変な苦労をされていると思います。

 現在、新型コロナウイルスの感染拡大が懸念されていますが、罹患(りかん)した方々とご家族にお見舞いを申し上げます。それとともに、罹患した方々の治療や感染の拡大の防止に尽力されている方々のご労苦に深く思いを致します。感染の拡大ができるだけ早期に収まることを願っております。

 近年の子どもたちを巡る虐待の問題の増加や貧困の問題にも心が痛みます。次世代を担う子どもたちが健やかに育っていくことを願ってやみません。また、海外に目を向けますと、紛争が続いている国や地域が依然としてあり、多くの人々が苦しい生活を余儀なくされ、あるいは、難民として国外に逃れざるを得ない状況にも胸が痛みます。その意味でも、アフガニスタンの人々のために、長年にわたり、地域の発展に多大な貢献をされていた医師の中村哲さんが亡くなられたことは大変に残念なことでした。

 うれしい出来事としては、昨年、日本で初めて開催されたラグビーワールドカップにおいて、日本代表チームが次々と世界の強豪に勝って、初のベスト8に進出したことや、その時使われた「ワンチーム」という言葉の概念が多くの人々の共感を得て、社会に浸透したこと、また、学術の分野では、リチウムイオン電池の生みの親である吉野彰さんがノーベル化学賞を受賞されたことなどは印象に残るうれしいニュースでした。

 今年開催される東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会に期待することですが、まず第一に、この世界的なスポーツの祭典が、関係する方々の尽力により、つつがなく成功裏に終えられることを願っています。その上で、この大会が、日本人選手を含む、全ての参加者にとり、思い出に残るすばらしいものとなることを期待致します。そして、今回のオリンピック・パラリンピック大会を通して、特に若い人たちに、世界の人々への理解を深め、平和の尊さを感じてほしいと願っています。

 大会の開催期間中やその前後に、海外からの選手や観光客が大勢来日するのを契機に、日本の人々、とりわけ若い人たちが彼らとの交流を通じ、世界の多様性に対する理解を深め、国際的な視野を広げる機会になることを願うとともに、逆に海外の方にとっても、日本のことを識しる良い機会となれば幸いです。

 また、パラリンピック競技大会を通じ、障害者スポーツへの理解がさらに進み、障害を持つ方々にとっても励みになるとともに、障害を持つ方々を巡る社会の今後の在り方の可能性についても、社会全体でさらに目を向け、理解と協力の輪を広げる良い機会になることを期待しております。

 ―「水の問題」に長年取り組んでいらっしゃいますが、気候変動への関心の高まりと同時に水の問題への懸念も国内外で高まっています。水の問題、ひいては環境問題に関して、今後どのような活動をお考えか、お聞かせ願えますでしょうか。

 昨年は台風19号をはじめとする台風・大雨による災害が数多く発生しました。日本だけではなく世界中で頻発している水災害は、その遠因に気候変動があると分析されており、今後被害が激化していくことが懸念されます。

 日本は、台風や豪雨、津波といった自然災害の影響を受けやすい国土であることから、これからの務めの中で、国民生活の安定と発展を願い、また、防災・減災の重要性を考えていく上で、「水」問題への取り組みで得られる知見も大切に生かしていきたいと思います。

 国外に目を向けても、昨年来のオーストラリアにおける大規模な森林火災など、気候変動や「水」問題に関連した災害が頻発しています。「水」に関する取り組みは、安全な飲料水の供給・確保や衛生などの生活環境の問題のほか、干ばつ・砂漠化・水質汚染など、多岐にわたる地球規模の環境問題にも深く関わってきます。

 つい先日、南極の気温が18度を超えたというニュースを耳にしましたが、地球温暖化の関係では、南極やグリーンランドの氷床が解けたり、海水が膨張することなどによる海面上昇は、海抜が低い所に住む人々に深刻な影響を与えています。また、山岳地帯に住む人々にとって、氷河湖の決壊が洪水を誘発し、下流地域の村を押し流すなどの問題を引き起こすこともあります。このような気候や水に関わるさまざまな状況を心配しております。

 「水」問題については、「水」を切り口に、豊かさと貧困、防災など、国民生活の安定と発展とともに、世界のさまざまな課題についても考えを巡らせることができると思います。

 即位以来、慌ただしく日が過ぎましたが、事情の許す範囲で少しずつ「水」問題についての取り組みも今後とも続けていくことができればと思っております。

 ―平成の初期と比較すると、外国人労働者をはじめ、在日外国人の方々の増加、また外国にルーツを持つ日本人の増加があると思います。さまざまな障害を持たれた方々やLGBTといった性的マイノリティーの人々が掲げる問題についても顕在化したと言えると思います。上皇、上皇后両陛下は、社会の片隅に暮らす人々に光を当ててこられましたが、新たな国および国民の象徴となられた陛下は、このような人々に対してどのように寄り添い、光を当てていきたいとお考えでしょうか。

 上皇、上皇后両陛下が、今お話のあったような方々に対しても、心を寄せてこられたことを私もよく存じておりますし、そのような上皇、上皇后両陛下のなさりようをお側そばで拝見しながら、私も、本当にこの世界にはいろいろな方がおられ、そういった多様性に対して、私たちは寛容の心を持って受け入れていかなければいけないと常に思ってきました。私も引き続きそのような方々に対する理解も深めていきたいと思っております。

 ―東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から3月11日で丸9年を迎えます。被災地、被災者、さらに、復興への思いをお聞かせください。

 東日本大震災が各地に甚大な被害を及ぼしたことは、今思い出しても胸が痛みます。これまでも震災直後のお見舞いや復興状況の視察として、雅子と共に被災地を訪問致しましたが、被災地ではまださまざまな問題が残っているように伺っております。特に、家族など、親しい方が亡くなられた方、そして生活環境が一変した方や、家族や友達、それから地域の方々がばらばらになってしまった方々など、そういった方々のことを考えると、まだ震災からの傷が完全に癒えてはいないという思いが致しますし、また子どもたちの心のサポートといいますか、心のケアの問題も大切であり、それはまだ残っていると思います。私も雅子も今後とも引き続き被災地の方々お一人お一人の声に耳を傾け、被災者に寄り添い、被災地に長く心を寄せていきたいと思っております。その上で、引き続き、機会を見て被災地を訪問することができればと思っております。

 ―広島、長崎に米国の原爆が投下されて75年を迎えます。被爆者による核兵器廃絶への取り組みを陛下はどのように受け止めておられますか。

 被爆者の方々も高齢化が進んでおりますし、本当に皆さん大変な思いをされたということ、今ご存命の方々も本当に大変な思いをされているということは私もよく承知しております。その上で、やはり世界の平和というものを心から望む立場として、今後とも、広島、そして長崎についても心を寄せていきたいと思っておりますし、また、広島、長崎を訪れる機会があればと思っております。

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