今春から長崎大大学院に進む正司敬さん。家業だったげた店の建物(後方)は若い夫婦がカフェレストランとして営業=有田町中の原

 まちづくりに貢献したいとの思いを胸に今春、有田町の69歳の男性が大学院に進む。有田陶器市のメイン通りで暮らす正司敬さん。母親の介護を機に実家に戻って、にぎわいに欠ける町並みに活性化の必要性を感じた。「この地域で事業を興したい若者を支援できれば」と意欲を見せる。

 ネットビジネスの経営コンサルタントを営む正司さんは5歳の時、陶器市の通りでげた店を営んでいた一家の商売替えで長崎市へ。中央大を経て東京や大阪で働き、2007年4月、長崎市から再び同町に戻った母親の介護で帰郷した。57歳だった。

 目にしたのは、高齢化や有田焼の低迷などで空き家が増え、普段は人通りが少ない地域の現状。「活性化に向け、飲食店などを開きたい若い人をサポートできれば」と思ったという。げた店だった建物は、家具店が陶器市の期間だけ使用。「通年活用がにぎわいづくりになる」と、ほかの期間は移住者の若い夫婦にカフェレストランとして貸し出した。

 さらに「若者たちを経営、資金の両面でサポートするには経営学を体系的に学ぶ必要がある」と、大学院進学を決意。長崎大の経済学研究科前期博士課程を受験した。「地域経済の活性化」を研究テーマに論文や面接の試験に臨み、合格を勝ち取った。

 経営コンサルタントになるまで多彩な経験をしている。大学で別の学部に入り直し、卒業に8年を要したため、「年下が先輩になる企業には入る気が起きなかった」とキャバレーに就職。その後、キヤノンで働いたり、知人とパブを共同経営したりした。米二輪車メーカーのハーレーダビッドソンのライセンス事業を手掛ける会社で部長も務めた。「(17年に亡くなった)母親には心配をかけたが、介護した10年半は幸せな時間だった」と振り返る。

 「地域には若い人が頑張っている兆しが見える。私たち古い人間は表に出るのではなく、若い人を育ててあげるのが役割」。資金面でのサポートも視野に入れ、準備を進めている。若者支援の計画に加え、有田観光まちなかガイドとしてデビューの予定で、観光面でも地域を盛り上げる。

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