先端的な量子科学の技術を駆使して、がんの新しい診断・治療法の研究開発を支援する一般財団法人「量子医療推進機構」が2019年10月に発足した。その拠点となるのは、人口わずか7万4千人の鳥栖市。今月2日には同市で発足記念講演会も開かれた。江戸時代に興った売薬業(田代売薬)の伝統を引き継いで、夢の診断・治療法を生み出そうとする挑戦にエールを送りたい。

 鳥栖市にある九州国際重粒子線がん治療センター(サガハイマット)、産業技術総合研究所(産総研)九州センター、九州シンクロトロン光研究センターと、鳥栖市の4者が17年1月に包括的な連携・協力について覚書を締結したのがきっかけだ。

 産総研は産業技術に関わる国内最大の公的研究機関で、九州センターは1964年、同市に発足した。九州シンクロトロン光研究センターは佐賀県立の施設で2006年に稼働、シンクロトロン放射光を用いて新しい産業の創造などを支援している。サガハイマットは九州新幹線新鳥栖駅前に13年に開設され、重粒子線によるがん治療を行っている。

 この最先端の研究から応用・実施までに取り組む3機関は半径2キロ圏内にあり、世界でも特別なエリアを形成している。財団の発足を記念した講演会「切らずに“がん”を治す―新しい医療を目指して」には、難解な内容ながら、新しい診断・治療法への関心と期待から、多くの市民が集まった。

 日本では2人に1人ががんにかかるが、医学の急速な進歩により3人のうち2人は治るようになった。しかし、がん患者の3割以上を占める希少がん・小児がん・難治性がんは、まだ診断法や治療法の開発が大変遅れていて、治ってもさまざまな合併症に生涯悩むという状況にある。

 一方、未来を開くといわれる「量子科学技術」は、がん治療の分野でも重粒子線治療など着実な進展を見せ、AI(人工知能)と組み合わせることで新しい医療「量子医療」が展開できると大きな期待を集めている。

 「量子医療推進機構」はこうした時代の要請に応え、三つの先端的機関が中心になってさまざまな“知”を融合させ、「がん死ゼロ」の健康長寿社会実現を先導しようというものである。

 講演会では、財団の理事長を務める指山弘養(さしやまひろやす)・日本赤十字社佐賀県支部長が「うまく連携して進めていけば、新しいがん治療法を2歩、3歩進められるのではないか」とあいさつ。財団理事の中川原章・サガハイマット理事長は幕末の佐賀藩が科学技術で日本をリードした歴史を手本に「(病に苦しむ)世界の子どもや家族の夢と希望を膨らませたい」と宣言した。

 記念講演は、量子医療の最前線に立つ放射線医学総合研究所(千葉県)の中野隆史所長と、大阪医科大がんセンターの宮武伸一特務教授がサガハイマットでも行われている日帰りがん治療や、がん細胞だけを破壊する夢の粒子線治療について症例を含めて紹介し、未来の医療の一端を描いて見せた。

 最新の診断・治療法を普通なものとして社会に定着させていくには、私たちも関心を寄せ理解を示していく必要がある。まずは「魔法のような治療法」(中野所長)の模索が鳥栖で胎動していることを知っておきたい。(高井誠)

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