〈白樺(しらかば) 青空 南風 コブシ咲くあの丘 北国の ああ北国の春〉。日曜の朝、千昌夫さんの歌「北国の春」が流れた後、ごみ出しの時間やイベントの案内が聞こえてくる。町内放送である。しっかりした声がぼんやりした頭を起こしてくれる◆この地域に引っ越してきた当初は千さんの歌声に「何があったのか」とびっくりしたが、もう慣れた。だが、音は人によって敏感に反応するケースもある。その例が大みそかの除夜の鐘の騒動だろう◆煩悩を払う年に一度の鐘の音に「うるさい」と苦情が出て、中止を余儀なくされた寺院があった。人との交流が薄くなり、地域で話し合うより、電話1本の苦情で済ませる。目には見えないが、どこかイライラした社会になっているのかもしれない。たとえ風物詩であっても、人によっては騒音と受け取られかねない◆日々の暮らしが大変だったり、将来像が描けなかったり、余裕のなさが背景にあるのか。不寛容だ、世知辛い世の中だと言ってしまうのは簡単だが、いろんなことに気を遣うあまり、気疲れすることが多くなった◆町内放送の歌は続く。〈季節が都会では分からないだろうと 届いたおふくろの小さな包み あのふるさとへ 帰ろかな 帰ろかな〉。ふるさとのような優しさや包容力。そんな社会を求めるのは難しい時代といえそうだ。(丸)

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