1月末、都内某所。3人の男性が盃(さかずき)をいとおしそうに手に取りながら飲み、語り合う。「サカズキノ國(くに)」筆者の勝見充男さん、村多正俊さん、そして古美術評論家の青柳恵介さん。連載5回目は、数寄者たちの尽きない古唐津、現代唐津焼談議に耳を傾ける。(構成・村多正俊)

1. 新聞掲載ver.
2. 座談全文
3. 座談映像

青柳惠介さん(中央)と酌み交わしながら古唐津や現代唐津の奥深き世界を語り合う勝見充男さん(右)と村多正俊さん(左)=1月末、東京都内

 新聞掲載ver.

村多 青柳さんは古唐津に関する著作もお持ちですが、唐津焼の魅力は何と捉えますか。
青柳 月並みですが土の魅力でしょうね。唐津焼って土みせ(釉薬がかかっていない部位)があって、それを酒や水で濡らした時の表情が良いんです。

村多 「思いはせる渡来の物語」

村多 僕はストーリーですね。朝鮮半島からやってきた人たちが創(つく)り上げた唐津焼には悲しい面がある。それが瞬く間に桃山の世を席巻して…。今でも西日本ではやきものを総じて「唐津もん」と言いますよね。
青柳 盃も勿論(もちろん)だけど、茶碗(ちゃわん)も皿も土みせがある高台が良い。削り出しの鋭さや皺(しわ)とかその表情がね。「高台は唐津に極まれり」ではないでしょうか。
勝見 そうかも。あっ、勢いもあるよね。(青柳)恵介さんがいった高台の削り出しとか顕著。
青柳 でね、この盃って手のひらで自由自在に扱える感じが良いなぁ、と。下から見ても上から見ても自由自在! それとね、村多さんが悲しいって言われたけど、須恵器が日本に入ってきた時と朝鮮半島のやきものが日本で焼かれて唐津焼になった時の変化は相似形って思うんだ。
勝見 僕は何気なさ。古唐津は高いんだけど、それを何気に使ってやりたいなぁ、って意識が常にあって。
青柳 この唐津が面白い、っていうクリエイティヴな唐津好きじゃないと今後はダメ。先人が「これは良い!」っていうモノだけじゃなく「こういう唐津がある!」っていうモノに目を利かすのが勝見さんだよ。

勝見 「現代陶にも新しい発見」

勝見 骨董(こっとう)を表現する立場で言うと、常に発見をしなければならない。それが難しい。でね、仕事の一つとして「感じたモノ」を時代の波に乗っけてみる、ってことはやってきてる。そのほうが若い人にはわかりやすいし。これからは古唐津ばかりではなく、現代陶も含めて考えると末広がりになって良いよね。唐津の作家はモチベーションが高いし、彼らと一緒にコラボしたりするのは愉(たの)しい。
青柳 作家が勝見さんと一緒にやるってのは「勝見さんはわかってるぞ」という、そこに自分の制作動機を賭けてみよう、ってことだろうね。
勝見 お互いに「やってみない?」って興味だけでモノを作ってみる。
村多 勝見さんのそういう感じと作家たちの古唐津に対する憧れや研究心がかみ合っていますね。そうそう、佐賀には日本酒乾杯条例もある。古唐津と現代陶唐津、そんな目線で親和性ある佐賀の日本酒を掛け合わせて良さを広めていく…。そんなアクションもあり、ですね。

青柳 「生一本の堅牢さが魅力」

青柳 いいじゃないですか、よかとよかと。僕はやきものが本当に好き。数多あるやきものの中で志野、織部といった美濃焼と、唐津焼とが僕の中で拮抗(きっこう)している。だけど、やっぱり唐津応援派なんだな。唐津はデザインで勝負していない。形とかシンプルで堅牢、そう「生一本」なんです。先ほどの話もあるし、唐津焼は今後も面白いことになりそうですね。

 

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